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□となりのお兄ちゃん
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「いつもいつも甘いココアやジュースばかり飲んでるわけじゃないよ。渋い御茶もビターなコーヒーも選ばないだけで飲めるもん。コーヒーが大人のステイタスって誰が決めた!?ちょっとブラックが飲めるからってえばるなよシロ!」
「えーと………?」
鼻息荒く息巻いたあたしをシロちゃんは戸惑いの目で見ていたけれど、ボタンはちゃんと微糖コーヒーを押してくれた。「ほい」と手渡されて受け取ったコーヒーはとても熱い。とても飲みたいとは思えない。
あたしは暫くビターな缶を睨んでいたが、やがて「こんにゃろう」と泣きたくなってきた。たかが缶コーヒーで意地をはることないのにね。大人びていくシロちゃんが悔しくて寂しかっただけなのに。
両手で持った缶があたしの掌をどんどん温めてくれる。
ほらね、こんな熱くなるくらいこの商品は人気がないんだよ。ココアやはちレモならここまで熱くなってない。きっと熱くなる前に売れちゃうからだと思うんだ。世間の皆様は大人だからって必ずコーヒーを飲むわけじゃないんだよ。だからあたしがココアやジュースをばかり選んでてもお子様とは限らないんだから。
…あたしはいったい誰に反論しているんだろ。
突如胸に湧き上がった反抗心の原因はわかっている。シロちゃんが今までとは違う姿を見せるから悪いんだ。元々あたしとは不釣り合いなくらい綺麗なシロちゃんが大学に入ってますますかっこよくなって、あたしとの差が広がったから。
どうせあたしはいつまでたっても小さくて童顔ですよ。落ち着きもないしがさつな女よ。
たぶん、あたしとシロちゃんが並んでも誰も恋人同士だなんて思わない。絵的に王子様と掃除のおばさんだ。
胸に渦巻くムカムカを鎮めるように微糖コーヒーをグビグビ煽ればやっぱり舌に苦味が広がり、思わず顰めっ面になってしまった。
「ほら、やっぱりこっちの方が良かっただろ?」
「うー、にがーい。」
「おら、もう無理すんな。甘党のくせに急に何考えてんだよ。」
「………シロちゃんはずるい、嘘つきだ………。」
「はい?」
「変わんないって言ったくせに…自分だけ格好良くなろうとしてる…。いくら大人っぽくなったって中身はチビシロなんだからね。」
「褒められてんのか貶されてんのかわかんねーな。」
「もうこれ以上、格好良くならないでね。シロちゃんは男の人だけど今以上に大人っぽくなっちゃダメだよ、あたし追いつけないんだから。」
「…なに言ってんだか。」
むくれるあたしの手から缶コーヒーを抜き取って、シロちゃんが代わりに口をつけた。その表情はやけに嬉しそうなドヤ顔で。あたしは地団駄を踏みたいくらい置いてけぼりな気分にさせられた。
「こういうのは成長っていうんだ。仕方ねーだろ。桃だってまだまだでっかくなりたいんだろうが。」
「うん、そりゃあ…。」
「要は中身が変わらなきゃいいんだよ。」
そう言ってシロちゃんはあたしの頭をくしゃって撫でた。その優しい手はいつものシロちゃんだ。そっと窺うように見上げたら、そこにもやっぱりいつもの翡翠。
変わらない変わりたくない。でもあたし達は嫌でも変わっていってしまう。それは無理なことなのかもしれないけれど、二人でならそう恐れるものでもないのかな?「成長」と言われれば、そう悪いことのように思えない。それならいいか、と思ってしまう。言葉のニュアンスってすごいと思った。
とりあえず、それ間接キスだってこと、気づいてる?