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□過去拍手「隣りの花火」
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流魂街で一番大きな花火大会。
いつもの黒い死覇裝を脱ぎ、日番谷は深い藍色の、雛森はえんじ色に近い赤の浴衣を着て花火が見れる穴場スポットに来ていた。
毎年毎年、もう数えていられないほど繰り返されてきた、二人の夏の恒例行事。
幼い頃二人で見つけた、花火を見るには最適なこの場所。
今もまだ誰にも見つかっていないのか、夜空に色とりどりの眩い華が咲き乱れ始めてかなり経つが、いまだにこの場所には日番谷と雛森だけ。
「わあーー!綺麗だねー!」
今までのより、一際大きく打ち上げられた花火は花の形。
おそらく今年の新作なのだろうその花火に雛森の瞳は釘付けだ。
「大口開けてると虫が入るぞ。」
余りのはしゃぎっぷりに呆れぎみの日番谷が親切に忠告する。
「ふーんだ。あ!また上がった!見て日番谷君!白いおっきな花火!」
膨れっ面もすぐ消えて、雛森はもう次に浮かんだ夜空の花に夢中。
細い指に促されて日番谷も上を見上げる。
「………見事だな。」
「ねー!すごく綺麗。」
二人で立ったまま、見上げた花火はやがて細かくちぎれ、散り散りになって夜空に溶けた。
「………日番谷君みたいだったね。」
空に上がる次の連発が用意されている、束の間の休憩の時、雛森が煙の残る空を見たまま小さく言った。
「……あ?俺?」
その言葉の意味が直ぐに理解できなくてどこか抜けた声で聞き直してしまった。
「白くて綺麗で輝いているところが。」
楽しそうに歌うように笑う雛森。きっと彼女は日番谷のこの銀髪を今の白い花火に例えたのだろう。
日番谷はそっと己の前髪をいじってみた。
その様子がなんだか子供じみていて可愛い。でもそんな感想は雛森の心の中だけにしまっとく。彼が可愛いなんて形容を嬉しく思わないことはとうの昔に学習済みだ。
花火のように束の間ではないが、彼が人に与える印象は強烈だ。
陽の光を浴びて輝く銀色の髪も南の海を思わせる翡翠の瞳も人々の脳裏に強く残る。
美しく清冽な姿は、花火同様人々を魅了する。
人は彼を遠巻きに見て、彼の容姿に感嘆の溜息を漏らし、またある者は彼の力の強さに畏怖の情を抱く。
「こんなに可愛いのにね……、っ!」
ついふわふわの銀髪に手を伸ばして撫でてしまった。と同時に、肝に命じたはずの禁句もいっしょに口から出ていた。
慌てて両手で口を押さえたけれど、日番谷の目が面白くなさそうにすがめられたから、きっと手遅れだ。
「可愛い言うな。」
「あはは…、つい、ね。」
「ったく。何がつい、だ。」
「…………ごめんなさい。」
彼の嫌がる言葉と知っていながらうっかり口を滑らせてしまい、しゅんとなる。
あたしのバカ……。
今日は楽しい花火大会。
さっきまで空に弾ける華を見て顔を輝かせていたのに、今の雛森は萎れた花そのものだ。
「…………あの、」
口を開いたのは日番谷だった。
そんなに怒ったわけじゃない。
雛森が日番谷を慈しんで出た言葉だと十分理解している。
でも、
明らかに弟扱いする彼女に苛立った。
他の人間の口から出る「可愛い」の言葉は腹立たしさを感じるが、雛森の口から発せられるそれは、どうにもならない苛立ちと、遣る瀬無さを日番谷に与える。
そんなに強く怒ったわけじゃないけれど、少し俯いた雛森は自分の失言を反省中のようだ。
「雛森………。」
隣りに立つ雛森に向かって片手を上げたが途中で止まった。
せっかく二人きりで楽しもうと思ったのに、些細なことで不機嫌になり、気まずくなった。
こんなところが子供だと言われるのかもしれない。
彼女を浮上させる何かを言いたいのに思いつかないなんて情けなさすぎる。
宙に浮かんだ手が情けなさに輪をかけた。
暗闇と沈黙が二人を深く包もうとした時、頭上で轟音が鳴り響いた。