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□430000h感謝小話「切ない恋の花」
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*学パロ日雛





凱旋、というんだろうか。
二つ上の先輩は美人で明るくてスタイルもよくて在学中からモデルの仕事をし、ゆくゆくは世界的なコレクションに出るようなトップモデルになりたいと言っていた。卒業して早々に夢を叶えた彼女はやっと休暇が取れたらしく、本日わざわざ母校の後輩達に会いに来てくれた。


「松本先輩相変わらず綺麗です!」
「次の仕事は?」
「この間のショーのニュース見ました!」



松本先輩が会いにきてくれたのはいいけれど、正門を入って早々に他の生徒に見つかった。みんな人気モデルを一目見ようとあっという間に黒山の人だかり。校門を入ってすぐの昇降口は暴走した王蟲の群を彷彿とさせる。
松本先輩はほんとは職員室へ行って元担任や校長達に挨拶をし、そのあと部室に顔を出す予定だったらしい。夕べ連絡が来たと今朝桃が嬉しそうに言っていた。俺は王蟲の大群を眺めながら有名人は大変だな、と他人事の感想しかない。
少し離れた所から桃と二人並んでこの学校始まって以来と思われる喧騒を眺めていたら松本先輩が困った笑顔でひらひらとこちらへ手を振った。それを見て桃が苦笑いで手を振り返す。うん、有名人は大変だ。


「すごいね松本先輩」
「まぁ、夢を叶えたわけだからな」
「同じ人間とは思えないや」
「確かにな」
「なんであたしを見るのよ!」
「ははは」



隣に立つ桃を上から下まで視線で舐めてやればその意味するところを察したらしい。こいつにしては鋭いな。俺は笑って緩い拳をかわしてやった。
こいつが松本先輩みたいになってたまるか。そんなの俺が困る。
小さな頃から見てきた桃は元気で明るいのだけが取り柄のようなやつであんな華やかな世界とはきっと一生縁遠い。ホテルのロビーを彩る大輪の花ではなく、野原で太陽の光を浴びてる勿忘草だ。
がお!と牙を剥いても痩せっぽっちな桃はどこか頼りなく、小さな牙と貧弱な爪を持つ仔猫はまるで怖くない。俺は桃の爪をスルーしながら伸びてくる手を掴まえた。俺の手が余るほど細い手首に一瞬息が詰まる。なんだこの折れそうな細さは。俺は彼女の表情が一瞬歪んだのを見て反射的に離してしまった。本当に折ってしまうかもしれないと思ったんだ。


「痛いじゃない!」
「人を殴ろうとするお前が悪い」
「日番谷君が嫌みなこと言うからよ」
「相づちうっただけだろうが」
「視線が嫌みだった」


ぷく、と頬を膨らますと童顔な桃はますます童顔になった。怒りながら横髪を耳にかけて、下から睨む。その眼差しにも俺は平静ではいられない。
昔は背も腕力も同じくらいだったのにいつからこいつはこんなに華奢になったんだろう。子供みたいな顔をして、いつからこんなに女の仕草をするようになったんだ?俺はいつからこいつのことが気になって気になって、朝も昼も夜も目が離せなくなったんだろう。



「ん?なんかついてる?」
「いや、何も」
「…………松本先輩なかなか抜けられないね」
「今日はもう無理だろ。ゆっくりしたいならもっとお忍びで来いってんだ」
「先輩はどうしたって目立つんだからしかたないよ………」



桃は寂しげに笑った。
数m先の人だかりは消えることなく膨らむ一方。あの王蟲の山から這い出すのは松本先輩といえど難しそうだ。桃の笑顔は溜息と入れ替わりに消えた。っとに、なんだかな。
桃は今日、松本先輩が部室に来たら昔みたいにお茶を飲みながら話すのだとお菓子を焼いてきた。自分の中で一番自信作だというバームクーヘンのラスクみたいなやつを。部室は御誕生日会さながらに飾りつけられ後は主役を待つばかりとなっている。勿論、他の後輩部員達もスタンバイOKだ。今頃待ちくたびれているだろう。あの王蟲の大群に飛び込んで先輩を引っ張り出すのは可能だが、それをやると群がっている王蟲達もついてくることは想像に容易い。第一、桃がそんな芸能マネージャーみたいに王蟲の群に入っていって上手く逃れられるわけがない。揉みくちゃにされて泣き出すオチが見えている。
ったく松本のやつ、待たせやがって。
俺は変わらぬ喧騒に目をやった。人気モデルはたいへんだな、と思う。けれどやっぱり先輩は人を惹きつける何かを持っているのだろう。集団の中にいても彼女の存在は光っている。隣の桃は飼い主を待つ仔猫のようにまた溜息をついた。
寂しげに肩を落として待ちぼうけをくらう姿はやっぱり控えめで頼りない。校舎の壁にもたれる姿は道端に咲く勿忘草そのものじゃないか。そんな桃を見て俺はそっと安心する。
つくづく桃が大輪の花でなくて良かったと思う。勿忘草がほんとは可憐で可愛らしいだなんて誰も知らなくていい。詰んで帰ろうだなんて物好きは一生現れなくていい。このまま誰の目にも留まらず俺のためにだけ咲いててくれ。
黒髪の頭を見下ろしながら俺は一人ほくそ笑んだ。


スポットライトの下で艶やかに咲くも花、太陽の下で咲くも花。
俺はこっちの花がいい。





















「ごめんね〜、お待たせ」
「松本先輩すごい人気ですね!」
「遅ぇよ!」
「なによ、冬獅郎ちょっと雛森見過ぎよ」
「んな、な、」
「ちゃんと見てたんだからね」


*松本先輩はガン見するシロちゃんをしっかり見てた。
元担任は市丸さんでお願いします

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