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□300000h感謝小話「壊れない壁」
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壊れない壁





日雛パロ




7月終わり、梅雨明け間近を予感させる天気が続いていたが今日はまた朝から降ったり止んだりの不安定さ。まるで梅雨に逆戻りかと思うような1日だった。
桃が大学の授業を終えて駅に降り立ったときは運悪く土砂降りのタイミングで。間の悪さを嘆きながら仕方なく母親に迎えに来てくれるよう電話をかけたら来てくれたのは桃んちの白い軽自動車ではなく黒い普通車。この車は毎朝向かいのガレージに停まっているやつだ。


「あれ?なんでシロちゃん?」
「おばさんに買い物があるからって迎えを頼まれた。」
「お母さんたら…。」


向かいに住む年上の幼馴染みは桃とは違う大学に通う二年生だ。去年、幼馴染みの冬獅郎はうちの大学はいいぞと受験生の桃に自分が通う大学を熱心に勧めてくれたけれど残念ながら桃が惹かれる学部は冬獅郎の大学には無かった。そもそも悲しいかな桃の学力ではお話にならなかったのだからしょうがない。だから今、桃と冬獅郎は別々の大学に通っている。ずっと同じ学校だったから最初は違和感を感じたけれどもう慣れた。



「シロちゃん、断りなよ。でないとうちのお母さんどんどんシロちゃんに押しつけちゃうんだから。」

「暇してたからこれくらいなんてことないさ。」
「お人好しだなぁ。」




言いながら桃がカチンとシートベルトを止めると冬獅郎は車をゆっくりと発車させた。まだ免許をとって一年も経たない筈なのに冬獅郎の運転は危なげなくない。桃の母親の雑な運転よりよっぽどスムーズだ。安定した様子でハンドルを切る冬獅郎の横顔を見ていると「なんだよ」と照れたような顔。たまに見ることができる少年の顔に桃は「何でもなーい」とおどけたように返した。
冬獅郎は整った顔立ちをしているけれどその表情から彼の思考は読み取りにくい。いつも不機嫌そうな顔をしているから誤解されることも多いけど冬獅郎はとても優しいのだ。ふとした瞬間にそれが現れる。今日も暇してたからと言いながら本当は押しつけられたんだろう。

どしゃ降りだった雨は駅で待ってる間に弱まって、ワイパーもあまり働かなくていい。車内に流れる音楽にあわせて桃は御機嫌で頭を揺らした。


「無理だったらちゃんと言うさ。」
「どうかなぁ、現に押しつけられてるし。」
「押しつけられてねぇよ。お前の帰りがあんまり遅いと心配するだろ。」

「娘が帰ってくる直前に慌てて夕飯の買い出しに行くんだから心配なんかしてないよ。」
「俺が心配してる。」
「……………っぷ、」


父親みたいな口振りについ吹き出してしまう。昔から一つ年上というだけで桃の面倒を見させられてきた冬獅郎は大人になってもその癖が抜けないらしい。ある意味同情するが桃にしてみれば嬉しいことだ。



「…お前じゃなきゃ迎えになんか来ねーっつうの。」
「それってあたしは特別ってこと?」
「ああ…………特別だ。」
「ありがとうございます。日々感謝しております。」
「………………本気で特別だから。」
「………?」


小さな呟きのような声は冬獅郎らしくなくて、桃はまたちらりと横を見た。
雷が近くで唸る。
空はよりいっそう暗くなり、天気は急速に荒れ始める。
家へ着くまでの最後の交差点で車は信号に引っかかり左折のウインカーを出しながら冬獅郎はブレーキを踏んでゆっくりと停車した。そして助手席の桃を見る。含みのある眼差しが桃に絡む。訴えかけるような緑の瞳に捕まえられて桃は返事に詰まってしまった。直ぐに返す言葉が浮かばない。
日常の会話の途中で急に意味深な雰囲気を醸されちゃ困る。
幼馴染みの壁は大地震がきても壊れないくらい分厚くて硬いのだからそれにヒビを入れられちゃ驚いてしまう。

冬獅郎は幼馴染みを辞めたいんだろうか?それとも冗談?冬獅郎の気持ちを探ろうとあらゆる「もしも」を考えてみる。兄妹同然だけど他人なことは桃だって理解している。恋に落ちても問題ないと知っているのだ。
瞬きもない瞳は彼の覚悟にも思えた。だから少し早まった鼓動を隠して質問を。


「………どれくらい特別?」
「…付き合いたいくらい特別。」
「きゃ、」



ぱたぱたと冬獅郎の声に被さって大粒の雨が降ってきた。あまりの派手な音に思わず悲鳴をあげてしまった。雨粒はフロントガラスに小石が当たっているかのように大きな音を立てるからCDの音楽も聴こえない、冬獅郎の気持ちも聞こえない。車内いっぱいに硬い音が響くだけ。
やがて信号は青に変わり、前を向いた冬獅郎が車を発進させる。



よく聞こえなかった………。


「ねぇ何て言ったの?」


尋ねてみたけれど雨粒の爆弾はまだ続いてて、前を向く冬獅郎に桃の声は伝わらないみたいだ。ただ怒ったような彼の顔は耳まで真っ赤だ。だから、


桃もそれきり口をつぐんでしまった。
 

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