短編1
□朝から君に
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毎週日曜日の早朝、僕は近くの土手へ犬の散歩に行く。
近頃は寒さも弛み朝の澄んだ空気が心地よい。愛犬ジョンは先をせかすように綱を引っ張り、僕は前傾姿勢で進む彼に苦笑して軽く走り出した。
「気持ちいいなあ…。」
横を流れる大きな瀞霊川に気をとられていると、何か見つけたのか、突然ジョンが方向を変えて走り出したんだ。
「あっ!ジョン!」
しまった!綱を離してしまった!
僕は慌てて犬の後を追う。
一目散に走り出したジョンは前方にいた子犬と少女に向かってまっしぐらに突き進む。
「ジョン!」
駄目だ止まれ!
中型犬で穏やかな性格のジョンは無闇やたらと噛み付いたりしないが、突然野放しにされた犬が現われたら、それは脅威だろう。
「ジョン!止まれ!」
僕が叫ぶのとほぼ同時にジョンは子犬に追いつき、少女が振り返る。
長い髪の少女。
「あー、ジョンだぁ。おはようジョン。」
「雛…森、君?」
「あれ?吉良君?」
信じられない。こんな偶然って本当にあるんだ。
振り返ったのは同じクラスの女の子。
僕が密かに想いを寄せている…。
彼女はいつもお団子に結わえている髪を降ろしていた。だからすぐにわからなかったんだ。
「髪型、違うからわからなかったよ。」
僕がそう言うと彼女は少し照れたようにように笑った。
雛森君はしゃがんで僕の犬の頭を撫でる。
「ジョン、吉良君ちの犬だったんだ。」
「うん。雛森君も犬を?」
「うん、ていってもまだ一週間だけど。」
あはは、と笑って白い子犬を撫でる彼女。
「いつもこの時間に散歩しているのかい?」
「うん、いつもジョンの散歩している人、あの人は吉良君のお兄さん?」
そう問われて吉良は顔に69の刺青を入れた二つ年上の兄を思い浮かべた。近頃やたらマメに犬の散歩に出かけるなと思っていれば、納得、こういうことか。
「まあね。兄貴、明日から忙しいみたいだからこれからは僕が散歩に連れていくけどね。」
もちろん嘘。そうとわかれば下心いっぱいの兄貴に来させる手はない。
彼女の愛犬とジョンは互いの鼻先をくっつけて臭いを嗅ぎあっている。
羨まし過ぎるぞ、お前達!
二匹はやがてペロペロとお互いを舐めあいだして僕は慌ててジョンの綱を引いてしまった。
「こ、こら!ジョン!」
犬同士のことなのに僕の想像力豊かな脳は飼い主同士に即、すり替えられる。
ぼぼぼ僕と雛森君が鼻と鼻をくっつけて…。
彼女の瞳が間近に迫って…。二人の吐息が交差して…。
「うわー!ダメだダメだ!僕達はまだ清らかな「ふぇぇ!?き、吉良君!?」
思わず頭を抱えて絶叫した僕を雛森君と二匹の犬がきょとんと見上げていた。
「だ…大丈夫………?吉良君?」
パチクリと音が聞こえてきそうな程に見開かれた瞳に見つめられて、僕はいたたまれない。
「あはははは…、なんでもないよ。」
「そお?何かあったら遠慮しないで言ってね。ほら、ジョンも心配してるよ。」
「ねー。」と言って雛森君は僕の犬に頬ずりをした。
だから羨まし過ぎるって!
飼い犬の分際で雛森君にほっぺたすりすりだなんて許せない!僕とその役を代われ!このヤロー!
飼い主様の纏う空気が氷点下まで下がったことに気付いたのか、ジョンが怯えたように耳を伏せて、僕の方をジッと見る。
「あれ?ジョン?どうしたのー?頬ずりが嫌だった?ごめんね?」
心配そうにジョンの頭をよしよし、いい子いい子と優しく撫でる雛森君。
ああ、君の方が何倍もいい子だよ。ついでに言うなら何百倍も可愛いよ!
「クロも心配だよねー?ジョンどうしちゃったのかな?」
彼女は自分の白い子犬を抱き上げて、そう言った。