短編1
□反転する世界
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自室で文机に向かい、持ち帰った仕事をする日番谷に後ろから声かかけられた。
「ねぇ、日番谷君。まだ寝ないの?」
澄んだ声の主は愛しい想い人、雛森桃。
「早く寝ないと明日起きられないよ。」
「待たなくてもいいから、お前は先に寝ろ。」
はぁ、と何度目かもわからない溜息をついて、筆を走らせる。
本当は日番谷だって早く眠りたい。けれど好きな女の子と一つの布団で寝るなんて、自分を抑えられる自信がない。
雛森が日番谷のことを弟みたいに思っていることは痛いほど知っている。だから余計に手が出せないのだ。
小さくったって日番谷は男だ。百年以上生きてきたのだ、大人としての分別だってある。多少小さくとも、大人の男なのだ。
首だけをねじって、雛森を見れば、主人の反応を待つ子犬の様に、布団の中から頭だけを出して日番谷を見ていた。
「ぷっ。」
あんまりにも小動物に似てて、つい噴出してしまった。
それをいっしょに寝てくれる合図と思ったのか、雛森は布団の片側をめくり、嬉しそうに日番谷を呼ぶ。
「お仕事終わったの?早くおいでよ。布団、温まってるよ。」
無邪気な笑顔を曇らせることなど日番谷にできるわけがなく、重い腰をあげた。
「……どうなっても知らねーからな。」
「何が?」
渋々と雛森と同じ布団に入る日番谷。端っこの方に、背中を向けて。
「日番谷君、もっとくっつかないと寒いよ。ほら、こっちきて。」
後ろから、グイッと引っ張られて雛森に抱きすくめられた。
「ちょ、やめろって!離せ雛森!」
「やだ。わぁ、日番谷君、身体が冷えきってるよ。暖めてあげるね。」
更にギュッと力をいれて日番谷にくっついてきた。
「や、やめろ!足!足を絡めんな!」
「え〜、足もこんなに冷たいじゃない。足が冷たいと眠れないよ?」
容赦なく足を絡めてくる雛森。
日番谷の頭はパンク寸前だ。
人が必死で理性を抑えてるってーのに、この女は!胸があたってるって!太股も、爪先も!知らねーぞ、ほんっと、知らねーぞ!
「雛森、離せ。」
「やだ。こんなに冷たくなってる日番谷君、ほっとけないよ。」
言いながら日番谷の身体を擦る。
「なあ、お前、俺のこと本当に幼馴染みで弟みたいって思ってるか?」
熱い。寄せられた背中から、太股から、爪先から雛森の熱を感じる。それがそのまま日番谷の身体の中心まで流れ込む。甘い吐息を項に感じて理性が狂う。
日番谷の問いに雛森が深く微笑む。
「もちろんだよ。日番谷君はあたしの大切な幼馴染みで可愛い弟だよ。」
優しい呟きは、堰をきるきっかけとなる。
「俺はそんなの、真っ平ごめんだ。」
背中を向けた日番谷の低い声に瞬きする雛森。日番谷は自分の胸の前にある雛森の細い手をとって、身体の向きを変えた。
「日番谷君………?」
向かいあった、至近距離の二人は、ただ見つめあう。雛森は困惑の瞳で。日番谷は熱を帯びた瞳で。
「お前は俺の姉貴なんかじゃねぇよ。」
「日番……。」
雛森の掴んだ手を押しやり、日番谷は覆い被さる様に雛森の両手を拘束した。
「日番谷………君、な…に……?」
わからないなら教えるしかない。
「幼馴染みは、もう終わりだ。お前は俺の姉貴なんかじゃねぇ…。お前は………。」
ゆっくりと降りる銀髪。日番谷の鼻先が雛森の首筋をくすぐった。雛森の甘い匂いを肺深くまで吸い込み酔い痴れる。
ビクンと波打った雛森を翡翠に映して最後の言葉を口にした。
「お前は俺が、この世で一番惚れてる女だ。」
桃……………。
二つの影が一つに重なった。
わからないならわからせるまで