短編1
□暗示
1ページ/3ページ
それは 余りにも突然で、あたしは動けなかった。
ひさしぶりに二人揃っての非番の日。
オマケに天気も良好。と、くれば外に出かけられずにはいられない。
かくして、あたしは当然の様に日番谷君を誘いここにきた。
川原へ。
滅多にない休みの日なのに朝早く叩き起こされて、眉間の皺を倍増させていた彼は、それでもやっぱり渋々ながらも付き合ってくれて。
ごめんね。と、心の中でコッソリ謝り彼の優しさに甘える。
だってこの気持ちの良さ、日番谷君にも感じてほしかったんだ。風が新しい空気を運んできてくれる、この新鮮な感じ。
ここはあたしのお気に入りスポットの一つなのだ。
幅広い川はそんなに深くなく、水遊びをするには最適で夏にはよく親子連れをみかける。子供を遊ばせるにはいいかもしれない。
川原から少し離れると芝生が広がってて、そのあちらこちらに木が点在している。
一本の大きな木の下にあたしと日番谷君は腰をおろし、この気持ちの良い気候を楽しむ。
「ね?来て良かったでしょ?」
「まーな。叩き起こされた時は呪ったけど。」
「なによ、それ。誘ったあたしに感謝しなさい。」
「エラソーに。自分がきたかっただけだってバレバレだから。」
ありゃ、わかってたんだ。だって一人でここに来るのがもったいなかったんだもん。
「日番谷君。川に入りに行こうよ。」
「ガキかよ。着物が濡れるぞ。」
「ガキですよ〜。せっかく来たんだから入ってみなくちゃ。」
「俺は見てるだけでいい。って、おい!」
日番谷君の言ってることを無視して、彼の手をグイグイ引っ張った。
水の近くまで来たら草履を脱いで川の中に足を浸す。着物が濡れない様に捲りあげるのも忘れない。
「…ったく。しょうがねぇな。」
ここまで連れて来られて諦めたみたい。彼もザブザブ入ってきた。
「冷たいな。」
「ねー。あ、日番谷君!魚がいるよ。」
澄んだ川の中に小さな魚が群を成して泳いでいる。なんか手で簡単に捕まえられそう。
「おい。あんまり深みに行くな…。」
小魚を追いかけて、少し深いところまで足を浸すあたしに向かって、日番谷君が血相変えて飛んできた。
な、何事!?
彼の目が焦っている。なんだなんだ?虚?虚が出たの!?
きょときょと見回して、気配も探ったけど何にも感じない。
「日番谷君。どうし…。」
「馬鹿!お前捲りすぎだ!早く着物を降ろせ!」
「はあ?」
「〜〜〜〜だからっ…早く着物を降ろして足かくせ!」
余りにも真剣に近付いて来るから構えてたら、そんなことか。
あたしは、ほっと息をついた。
「なんだ。そんなこと。」
「そんなことじゃない!ほら。雛森!」
「ちょ、日番谷君!こんなとこで手離したら裾がぬれちゃうよ!」
「だったら早く上がれ!女だろ。恥ずかしくないのか?」
どうやら日番谷君はあたしが必要以上に足をさらけ出しているのが気に入らないらしい。
「別にこれくらい…。」
なんてことないのに。と言いかけて彼に睨まれた。
「………俺は気になるんだよ。」
「え?」
「…なんでもねぇ。弁当食おうぜ。腹減った。」
日番谷君の小さい呟きが聞こえなくて聞き返したけどはぐらかされてしまった。
川の中につったったままのあたしを残して彼はさっさと木陰へ向かう。
「ま、待って!日番谷君。あたしも行くよ。」
彼のあとを慌てて追いかけた。