短編1

□心配性な彼
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「…ふう、思ったよりも時間かかっちゃったな。」


四番隊で腕の傷を手当てしてもらった雛森桃は蜜柑色に染まりかけた空を見て呟いた。

虚退治に出た際にできた傷。逃げ遅れた隊員をかばって正面に立ったはいいが敵の攻撃を全て避けきれず左腕を怪我してしまった。


こんなことがあの幼馴染みにバレたらまた叱られてしまう。
さり気なく包帯を隠していても目敏い彼はすぐに見破ってしまうのだ。

日常の小さな怪我でさえチクチクと言われるのに虚との戦いで傷付いたとなると何を言われるか…。


「絶対にバレないようにしなくっちゃ。」
「何がだ?」
「ふわぁ!」
「驚きすぎだろ。何してんだよ、こんなところで。」
「べ、別に!ひ、日番谷君こそ何してるの?」


今まさに頭の中で描いていた彼が突然現われて咄嗟に対処できない。


まったくいつもいつも霊圧も気配も消すのがうまい。隊長とはそうでないと勤まらないのかもしれないが、しょっちゅうビックリさせられてる身にもなってほしい。


雛森は慌てて包帯が巻いてある左手を隠した。


「俺は総隊長のところに用事があって…。何隠した?」


ぎく。


雛森の動きが一瞬止まったのをこの優秀な幼馴染みは見逃してはくれない。

「やだな!何にも隠してないよ。」

後ろにやっている左手を更に隠す様に身体をずらす。

日番谷は軽くため息をついた。
まったく…。いつも年上ぶっているくせにてんで子供なのだ。そんな態度ではそこに何かありますよ、と教えている様なものだというのに。嘘が下手なのは小さい頃からちっとも変わらない。
雛森は昔から日番谷にはものを隠し通せたことがない。本人が聞いたら、そんなことないもん!と反抗するかもしれないが雛森がうまく誤魔化せたと思っていることの大抵は日番谷が目を瞑っているだけだったりする。

そして今回は何を隠しているのか


「おい、そっち。左に何があるんだよ?」


尋ねながらここは四番隊の前であることに気付く。もしかしてまた…。目を逸しぎこちない笑顔をみせる雛森を見て己の予想がおそらく的中していることに大きく息をついた。

「見せろ。」
「なんで命令形!?」
「いいから、見せろ。また怪我したな?」
「う…、や、やだ。」


ホントに察しのいい少年だ。回転の良すぎる頭はいつも簡単に雛森を追い詰める。時には彼の間抜けなところが見てみたい。


自分の態度がわかりやすすぎることには全く考えが及ばず、ただ日番谷の顔色を伺うことに神経を集中させた。
素直に降参の白旗をあげてしまえばいい様に思うが、そこから始まる長〜い小言と説教を想像すると、この場はサラリとやり過ごしたい。
普段の彼はあっさりした性格で落ち着いた言動なのに、こと怪我だとか熱をだした時など涙がでそうになるまでグチグチ言われる。
それが雛森はたまらなく嫌なのだ。

もっとも日番谷がそこまで言うのは雛森限定だということに本人は気付いてない。彼女以外の人間なら「気をつけろ。」の一言で終わりだ。
大切だから無事であってほしい。彼女の身体を傷付けるものは例え彼女自身であっても許しがたい。

日番谷のそんな想いは微塵も雛森に通じることはなく、もはや逃げる体制に入っている。


「あ、あたし、まだ仕事が残ってるの!とっても忙しいの!だから、じゃあね!」


無茶苦茶慌てて駆け出そうとした雛森の右手を素早く捕らえるとグイッと身体を反転させ左手をもつかみ、それを上にあげた。


「いっ、…。」


持ち上げられた左手は死覇裝がずれてしっかりと巻かれた包帯を見せていた。


「どうしたんだよ、この怪我は。」

「あの…虚にやられて…。」
「またかよ!この間もそんなこと言ってなかったか!?」
「言ってないよ!怪我したのひさしぶりなんだよ!」
「自慢気に言うな!今回五番隊はみんな無傷で戻ってきたってきいたぞ。なんでお前、怪我してんだよ。…まさかお前一人が傷を負ったのか?」
「…あ〜、はい。ソウデス。」
「馬鹿ーーーー!なんで隊員全員無事なのに副隊長のお前が負傷してんだよ!」
「だって、だって…。」
「だってもクソもねぇ!自分で自分の身を守れない奴が死神かよ、副隊長かよ!自覚あんのか!?」



一方的に怒鳴りつける日番谷を雛森は睨みつけた。
彼女にだって言い分はある。誰だって好き好んで傷を負うわけない。

日番谷の怒声が四番隊舎前に響き渡る。

道行く隊員は誰がこんなに怒鳴り散らしているのか、そして叱られているのは誰かを思わず確認してしまう。
そしてついつい頬が緩んでしまうのだ。
通常、上司が部下に対してこんなに激しい雷を落としているのを目撃してしまうと、誰もが関わらない様に静かに立ち去って行くのだが当事者が日番谷と雛森なら話は別だ。
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