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□八周年記念話「より黒い」
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「日番谷君。」
就業時刻を少し過ぎた時、桃が戸を開けて隙間からひょっこりと顔をだした。
使った資料を棚に片付けていた俺は前触れ無しのその気安さにため息をついてやった。
「お前な……俺一人だからいいものの、他の隊士がいたらどうすんだよ。せめて声くらいかけてから入れ。」
「えへへ、だって乱菊さんが今なら日番谷君ひとりきりだって言ってたもん。」
「あのやろー、仕事ほっぽってどこうろついてんだか…。」
桃は俺の文句にもニコニコ笑って近付くと抱えた資料を半分取りあげ片付けを手伝い始めた。
「お仕事まだかかりそう?」
「いや、ちょうど終わったとこ。」
「ほんと?じゃあ今日はいっしょに帰れるね。」
「ああ。」
高い所には手が届かない桃から最後の資料を取るとそれをしまって次は帰り支度にかかる。ほぼ定時にあがれるなんてめったにないから弾んだ声をあげた桃と同じくらい実は俺も気分が浮き立っている。
まだ陽が高いうちに二人並んで帰れるなんて本当にひさしぶりだ。
仕上がった書類を机の上の箱にしまい振り向けば、後ろからちょこちょこ動く桃の黒い頭が見えた。
数年前、俺の背は桃の背を越した。
見上げていた黒髪は今じゃ上から見下ろせる。そばにいる桃に胸が高鳴るのは昔ほどじゃないが代わりに熟成された愛しさが込み上げる。
俺は横にある桃の頭を引き寄せて執務室に二人きりなのをいいことにその黒髪越しに額へと唇を寄せた。
「こ、こら、まだ仕事中だよ。」
「もうあと五分で終わるぜ。」
「誰かに見られたら何て言われるか……。」
「実はそれ、今さらなの知ってるか?」
「うう、嘘っ!」
「けっこうあちこちで見られてんだぜ。」
「もう!だから駄目っていつも言ってんのに!」
「そうやってお前が騒ぐからばれるんだって。黙っとけば一瞬なのに。」
「ああ!責任転嫁した!最初から職場でなんかしなければいいじゃない!」
「無理。我慢できねぇ。」
赤い顔して怒る桃も可愛くて、また引き寄せて今度は尖った唇に啄むキスを贈ってやる。言うこときかない俺に赤い顔の桃が両手で唇を覆ってキスの終わりを言い渡す。
「も、もうしちゃだめだからね!今からチュー禁止!」
「しちゃだめなのか?」
「当たり前じゃない!仕事中だって言ってるでしょ、そ、それに…ほんとに見られてたら…。」
もじもじと身体を揺らして最初の勢いがみるみる萎む。そんな可愛い姿に俺は執務室の戸を目線で指して親切に教えてやった。
「心配しなくても皆気を利かせて見ざる聞かざるでいてくれてるよ。さっき戸の前でうちの隊員が引き返して行ったの気がつかなかったのか?」
「ふぇえ!?」
火が出そうな色に変化した桃に腹を抱えて笑った。
昔から桃は変わらない。俺の好きな桃のまんまだ。俺も大して変わってない。ただ桃好きをますます拗らせただけ。
あれから数十年、幼かった俺達は大人になり、夫婦になった。