短編1

□スイッチ
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ソファーで食後のゲームをしている俺の前にこと、とマグカップが置かれた。


「なあに?新しいゲーム買ったの?」


湯気をたてるそれは俺好みの濃いめのコーヒー。長年のつきあいで桃は俺の味覚を熟知している。かたや甘党の桃は今夜も甘いミルクティーだ。


「ああ、いっしょにやるか?」


「うん!やりたい!」


弾むような返事を返して俺の隣りに座る桃。ギシリと揺れたソファーと近付いた体温に平静を装い、俺は白いゲームリモコンを小さな手に渡した。


カラフルな画面の中で縦横無尽に走り回るキャラに桃はすぐ夢中になり、俺はゲームに必死な振りをして桃の横顔をチラリと見る。


小さい頃から日焼けしては真っ赤になった桃の肌。太陽に焦がされることなく、冬がやってくる頃には元通りの白い肌に戻ってしまう。服からはみ出た首筋や鎖骨の肌色の部分が温かそうで嫌に艶めかしく感じる。色気なんかには縁遠い女だったのに、ほんの数年で桃は香りたつ可憐な花へと変貌した。


くそ、まったくの誤算だぜ。可愛い方だとは思っていたが、誰にもやりたくなくなるなんて予想外れもいいとこだ。
姉貴な桃が鬱陶しくて適当な態度で接してきた自分を後悔する。もっと桃に男として見て貰えるようアピールしてくればよかった。なら今頃は桃も俺を……。
放っておけない弟みたいな幼馴染みじゃなく、頼もしい男と思ってくれたんだろうか。





そんな詮無い仮説をしても今更か。

隣りに座る安心安全な幼馴染みがこんなやらしい目で自分をみていると知ったら桃はどんな顔をするだろう。


細い肩に手を回して抱き寄せたら俺を男と意識するのだろうか。



「わあい!勝ったー!」


「……………あー…。」


座ったままぴょんぴょん身体を跳ねさせる桃が激しくソファーを揺らす。その振動で桃に見とれていた俺は我に返った。テレビの画面にはWINとLOSEの文字がぷかぷかと。
俺は脱力してソファーの背もたれに体重を預け、半眼の瞳でポーカーフェイスを作ってみたりして、桃を盗み見してたことを誤魔化した。


居住まいを正した桃がリモコンを持ち直し、再戦を俺に申し込む。


「ねね、も一回しよーよ。」



ニッコリ笑うその顔に幼馴染みの疚しい気持ちを勘づく気配は欠片もない。
ねぇねぇと誘う桃の身体がまた少し俺に近付いた。

自分が身体を揺らす度に僅かずつでも俺に近付いていることに自覚が無いのか、腕が触れあい、スカートの端が俺の足に掛かる。


触れた箇所が異様に熱い。
無邪気に顔を覗きこんでくるから、唇を寄せたくなる。


そうだ。何も手遅れなことはない。今から始めればいいんだ。



俺は諦めモードを切り替えて、今が攻め時だとソファーから背中を離した。








 




「ふぇ?」


そっと後ろから腕を回し、細い肩に手を置いた。余りある俺のリーチ。桃、お前いつからこんなにちっこい女になったんだ。突風が吹けばよろけちまいそうな女だなんて、俺じゃなくても守ってやりたくなってしまうだろう?俺はそんなの嫌なんだよ。お前のことは誰の手も借りずに守りたいし、その権利を持つのは俺だけでありたい。


ぐっと手に力を入れて、瞳をまあるくして俺を見つめる桃を引き寄せた。俺の脇腹と桃の腕が密着する。


「シロちゃん…?」


「桃………。」



少しだけ桃色に染まった頬と潤んだ瞳に引き寄せられ、俺は桃の顔に手を伸ばした。
夢みたいな瞬間。
俺達は今からただの幼馴染みをやめる。















「…こうすればいいの?」


ん?



俺の指先が桃の頬に触れる間際、力の抜けるような声がした。同時に肩に僅かな衝撃も。



「お前……何してんの?」


「肩組むんじゃないの?」


「………。」


「これってストレッチ?」













ばかやろーー!!!!


俺は立ち上がって腹の底から叫んでやった。





 
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