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□過去拍手・頭の上は空
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C冬獅郎
寒い。
今年はどうやら暖冬か、と思っていたが、二月に入った途端、冬らしい寒さがやってきた。
部活は去年引退した。
進路もほぼ決まった。
あとは卒業を待つばかりだ。
そんな時期、そしてよりによってこんな寒い日に、俺は女に呼び出された。
ったく、迷惑にも程があるぜ。
しかも連れて行かれた場所が図書室前の階段踊り場。
なんでここなんだ!?
体育館裏とか色々あるだろうが!
なんで3F?!
こんなとこ、あいつには見られたくない。
前を歩いていた女が振り向く。
「あの、日番谷君。…好きです!わ、私と付き合ってください!」
真っ赤な顔で涙目で、一般的には可愛いんだろうな、こういうの。
告白してくれた子を冷静に観察する俺。
少し癖毛がかったふわふわの髪に長い睫毛。潤んだ瞳にバラ色の頬。おそらく我が校の上位に入る位に可愛い子だと思う。思うけど、それだけだ。他には何もない。
「悪いけど、俺あんたと付き合う気、ないから。」
「え………。」
「悪いな。」
「………………本命の人としか付き合わないって………本当ですか?」
「ああ。」
はっきり言ってやると彼女は小さく「そうですか…」と呟いて、逃げるかのように走り去ってしまった。
パタパタ走って行く足音が完全に聞こえなくなった時、俺は特大のため息をついた。
カタン………
小さな物音が聞こえたのはそんな時。
……やっぱり今日もいたんだ。
舌打ちしたい気分だ。
たぶん一部始終聞かれていたんだろうな。
俺は屋上への階段に足をかけて上へ向かう。
「誰か、いるのか?」
わざとらしくよびかける。
本当は誰かなんて聞かなくても知っている。
お団子頭のクラスメートだ。
最上階を知らせる天井が見えた。ついで屋上へ出る扉が。そして、その前に立っている雛森桃が。
「…こんにちは日番谷君。」
雛森は引きつった笑顔で挨拶してきた。まさかここに人が来るとは考えなかったのだろう。
「んなとこで何してんだよ。」
自分でも思いの他低い声が出た。雛森は俺の質問にビクリと肩を震わせて、俯いてしまった。俺が怒ったと思ったのだろう。
「ご、…ごめんなさい。……その…立ち聞きするつもりはなかったんだけど……。……………聞こえちゃった。」
真っ赤な顔で涙目で、細い小さな肩を更に小さくして、鞄を抱き締めていた雛森。
さっきの少女なんか比べものにならないほど引きつけられる。
バラ色の頬、桜色の唇、
頬にかかる横髪をそっと後ろへ払ってやりたい。
触れたい。
近付きたい。
もっとそばにーー
俺は階段下から雛森を見つめた。そして尋ねる。ずっと聞きたかったことを、もう一度。
「こんなところで、何してたんだよ。」
「……えっ………。その…、」
俺の問いに雛森は落ち着きなく目を彷徨わせ、
「ルキアちゃん、…ルキアちゃんの委員会が終わるのを待ってるの!」
「…朽木?」
朽木ルキア。俺や阿散井と同じ剣道部で女子部の主将を務めていたやつか。確かにこの二人は仲が良くていつもいっしょにいる
朽木が部活に励んでいる間、雛森がいつもこの場所にきていたことも知っている。
朽木が部を引退してからは僅かな暇を見つけては通っていたことも。
「なんでこんなところで待ってんだよ。寒くないのか?」
「あ、あたし暑がりだから!」
「朽木は…お前がここにいることを知ってるのか?」
「………………。」
「おい、どうなんだよ?」
「答えなきゃならない?日番谷君には関係ないじゃない。」
「なにキレかけてんだよ。俺は単にお前がここで待ってること朽木が知ってるのか聞いただけだぜ?」
「…ルキアちゃんは知らないよ。あたしが勝手にここにきてるだけだもん。」
少し膨れっ面で言う雛森。
やはり朽木は知らないのだ。雛森がこの場所に通っていることを。
俺だけが知っている
そして三回目の問い
「雛森、…ここで何してんだ?」
言った瞬間、彼女は更に真っ赤になった。
「あたしは別に何もしてない!あんたには関係ないっていったじゃない!」
そう叫んだ雛森は階段をかけ降りて来て俺の脇をすり抜けて行った。
………失敗した。
ずっと聞きたいことだったからしつこく聞きすぎたかも。始め、申し訳なさそうに俯いた彼女はとても可愛いかったのに、最後、叫んで去った雛森は俺のことを睨んでいた。………そんな顔も可愛いんだけどな。
俺は頭を掻きながら一番上まで上った。………何もない。
いったい雛森はここで何してんだ?