短編1

□心配性な彼
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そんな雛森を三席が見送ったのが二時間程前。
遅いな、四番隊が混んでいるのだろうかと考えていた、ちょうどその時に彼女は戻ってきたのだ。

戸を開けて静かに入ってきた彼女に「おかえりなさい。」と声をかけようとしたが真っ赤になった目を見て驚いてしまった。

明らかに泣いたとわかる濡れた瞳に赤くなった鼻。それに噛み締めた唇。

声をかけそびれた三席の脇をスタスタと通り過ぎ雛森はドスン!と自分の席に座った。通常の彼女らしからぬその乱暴な所作からは怒っていると容易にわかる。でもいったい

何故?


そのまま机に突っ伏してしまった雛森を無視することなんて出来なくて、恐る恐る近寄って尋ねた。

「………あの…。雛森副隊長?如何なされたんですか?」

返事がない。


「………雛森副隊長?…あの…四番隊に行かれたんですよね?……何かあったんですか?………。」


再度尋ねるも返事はなく、それでも心配して三席は続ける。

「………あの…、私でよろしかったら聞かせてください。いったいどうされたのですか……?」

四番隊へとにこやかに向かっていった時、確かに彼女は上機嫌だった。身体は疲れていただろうが元気に笑っていた。


それがたった二時間でこの変わり様。
いったいどうしたの
か。

こんな時、彼女の幼馴染みである十番隊隊長なら簡単に彼女の顔をあげさせることが出来るのだろう。しかし、あなたの大切な幼馴染みが泣いているから何とかしてください。なんて呼びにいける訳がない。一応今は就業時間内だ。それに彼はいつも忙しい。雛森のこととなると飛んで来てくれるような気もするが彼の仕事の手を止めてしまうことは確かで、それは忍びない。

あれこれ考えていると下方にあるお団子頭から声がした。


「………日、日番谷君、に…………、副隊長失格だ……って言われた。」


ズビ、と鼻を啜る音も聞こえた。


「…日番谷隊長に出会われたんですか?」


うん…。と小さな声。

日番谷隊長を呼びに行かないでよかったー!もし呼びに行っていたら自分は今頃氷漬けだったかもしれない。

彼が原因だったのか。なら雛森の今のこの状態も察しがつく。普段仲のいい彼らだが、喧嘩するとなかなかに派手だ。互いに遠慮がないから余計に火がつくのだろう。

雛森の天然故の発言に色々と傷付けられている日番谷だが、口喧嘩になるといつも雛森が泣かされている。

でもいつもの口喧嘩なら雛森は紅い顔して喚き散らすのに今日は少し違う。それに副隊長失格とは穏やかでない。なんなんだ。


「詳しく聞いてもよろしいでしょうか?日番谷隊長は何故そんなことを?」


そこで漸く雛森は顔をあげた。
涙が死覇裝の袖口に染みを作っている。
くん、と顔をあげた雛森はホントにまだあどけない少女のようで、とても副隊長には見えない。その表情に三席はつい笑ってしまっ
た。


「むぅーー。なんで笑うのぉ?」


丸い藍の瞳に不機嫌の色がさす。

「ああ、すみません。…で?日番谷隊長はなんと?」

すっと俯き、ポツリポツリと話出す。
両手の指先だけを絡めていじり合わせていることで、言い難いのが見てとれた。


「……たくさん言われた。……副隊長としての自覚も資格もない、とか。隊員を信じてない、とか。……力不足は認めるけど、信用してないなんてことないのに……。」


確かに剣術の腕も隊をまとめる力も自分には足りないものばかりだが、それでも一生懸命やっているのだ、彼にあそこまで言われるとさすがの雛森も悔しさを通り越して怒りが沸いたのだ。



日番谷の言うことはいつも正しい。


きちんと的を獲ていて、雛森は時に逃げ出したくなる現実に無理矢理むかせられるのだ。
見ない様に顔を背けても両頬を持って直視させてくるのだ。日番谷の言葉は。



それは彼の優しさだ。雛森の為を思えばこその言葉なのだ。
わかっている。わかっているのに、感情に理性が追いつかない。痛いところを突かれてムキになって彼に酷いことを言ってしまった。


涙は止まり、既に反省の色を漂わせはじめた雛森。


「あたし、みんなを護りたいだけなの。本当にそれだけなの。なのに、うまくいかないの……。」


雛森の話を黙って聞いていた三席が口を開いた。
彼もまた、ずっと雛森をみてきた一人、彼女の気持ちはよくわかる。そして日番谷の言うことも。


「雛森副隊長。いつも私達の為にありがとうございます。」


頑張り屋の副隊長が隊をより良くするために動いているのをしっている。
五番隊を明るくしてくれてありがとう。
命の重みを教えてくれてありがとう。
ひたむきな姿勢をありがとう。
そして、いつも護ってくれてありがとう。

どこまでも柔らかな瞳で三席は続ける。



「…けれど副隊長。…私達もあなたを護りたいと思ってるんです。」
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