裏通り

□【帰想本能】
3ページ/4ページ

その絵は変わった構図だった。紅葉の木を下から見上げたのでも、遠くから風景の一部として捉えたのでも、一本の木をキャンバスに納めたものでもない。
まるで木の中から見下ろしたような絵だった。
「この絵はご覧の通り紅葉を題材とした絵で、通常は"紅葉狩り"と呼ばれています」
紅葉の向こうの山の端に、今まさに沈む寸前の夕陽が見える。
「時時により天候・時間が移り変わる為に冠する言葉はその時々に変わります」
夕陽が完全に沈み、稜線を残光が照らしている。光を背後に置いた山々は黒々と聳える。それは紅葉も同じ。空以外が全て黒く染まる。
「ちょうど今なら――」
残光が闇に融け、陽光に押しやられていた星影が瞬き始める。すぅっと臙脂色の闇が訪れた。
月光が冴え冴えと冷たい光で山々を照らし、木々を浮かび上がらせ、紅葉がさっと色を変える。
「"宵の紅葉狩り"」
その言葉を最後に、青年が口を噤む。
時計の無い部屋で、絵だけが時間の経過を告げる。臙脂色の空が墨色の空に追われ、墨色は更に濃紺に追われ、徐々に闇に融け始める。それに伴い紅葉が闇に染まる。
そうしてただ墨色の輪郭だけが見えるようになるまで、どれほど時が経ったのか。ふいに、青年が口を開いた。
「柊、行くぞ」
山間から青年へと視線を向ける。目の前の木の葉を避けながら透かし見る。
「――はい」
少年が青年を見上げて、一拍程間を開けてから応えた。
青年が真っ直ぐにこちらを見る。
「それでは、ごゆっくりどうぞ」
青年は一つ頭を下げると、扉に向かう為に背を向けて行ってしまった。少年もやはり一礼して部屋を出て行く。
月影だけが仄明るい。


 
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ