裏通り

□【曇天 ノチ 雨天】
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『文殻』を後にしたアンティーク屋は、降る直前特有の水気を含んだ空気の中を歩いていた。
空を見上げて、これは間に合わないかも知れないな――面倒な、そんなことを思いながら、諦めて歩調を緩める。
こうなれば濡れてしまうのも一興だ。
緩めた途端、空が決壊して滴を零し始める。
降り出したな――、そう思って、煩わし気に前髪を掻き揚げる。
降り出した雨と、眼前の光景に溜め息が溢れる。
「――あれはやはり君か」
立ち止まり、己の店の前に立つ人物に声を掛ける。
「なんのことだ」
黒衣を纏った男が口を開く。
成る程黒い影だとアンティーク屋は改めて思う。
己がRainy Takerと呼ぶこの男は、そうと知らなければ雨に霞む影のようだ。
「いや、何でもない。――用件は?」
「依頼だ」
直ぐに返ってきた返答に、今回の裏通り訪問はその為と知る。
「そう――話は奥で………いや、そうだ。君、『文殻』って店知ってるかい?」
アンティーク屋の言葉にRainy Takerはいきなりなんだと言いたげに、訝しげに目を細めてアンティーク屋を見やる。
「いや、知らんな」
それでも返答は明確に。
「つまらない嘘を吐くなよ。前に教えた筈だ。“この依頼は『文殻』の方が向いている。そっちに持っていってくれ”とな。儂は店の位置も教えた」
「店を見つけられなかった」
いけしゃあしゃあと嘯く。
その依頼は結局、アンティーク屋が請けた。事実見つけられなかったのだろう。
文殻とて知っていれば雨と黒い影の存在を自力で繋げられた筈だ。本人が忘れていなければ、のハナシではあるが。
彼(Rainy Taker)の存在は裏通りに於いて、ある種あまりに有名であるのだから。
「そうか。じゃあ君は文殻に拒まれているんだな。ご愁傷様。――それか君が本気で見つける気が無いかだな」
どっちだ?そう視線で問い掛ける。
「さあな――」
肩を竦めて流す。
お互い本気で訊く気も答える気も無いのだ。それ位が丁度良い。
「それで――依頼を請ける気はあるのか?」
「そう急くなよ。先ずは話を聞かせて貰う」
アンティーク屋は一歩を踏み出し、そこで不在を示す為に丸太看板に掛けられた布に眼を遣る。
しかしそこで布を取り遣ることをせず、素通りで扉に近づき鍵を取り出す。
慣れた手つきで扉を開き、どうぞと手振りで示して、Rainy Takerを伴い中に入った。
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