裏通り

□【曇天 ノチ 雨天】
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文殻がこてんと首を傾げてアンティーク屋を見上げる。
「わかる?」
空いた両手を膝に載せた姿勢で問う。
座るスペースが無いので立ったままのアンティーク屋は、受け取った和紙を透かし見る。
何かを見て取ったらしいアンティーク屋の口元が微かに動いたが、何の感情かまではわからなかった。
「―――文殻、雨男に覚えは?」
アンティーク屋の質問に、わからないと言うように文殻が先程とは逆にこてんと首を傾げる。
「……雨男……?知らない……」
「ああ、やっぱり」
そうだと思ったよと呟いて、アンティーク屋は和紙を文殻に返す。
「こういう時に共通の呼び名が無いのは不便だが、それでも知らないだろうな」
納得したように独りごちるアンティーク屋に、「?」と文殻が視線を向ける。
「彼について触れる時には雨無しには始まらない。常に雨と共にあるUndertaker(請負人)。どこから請け負ってくるのかは知らないが、彼はただ仕事を請け負ってくるだけ。事象の関与は――住人と同じく――行わない」
そこでアンティーク屋は文殻に視線を向ける。表情には薄く笑みがある。
綺麗な笑み。文殻はその笑みに見蕩れる。
「文殻。君はそんな彼を知っているかい?」
問われ、文殻は緩く首を振る。
「知らない」
アンティーク屋は頬を緩ませ苦笑に似た笑みを作ると、文殻の頭に手を添える。
「君はもう少し世界を広げるべきだね」
ぽんぽんと軽く頭の上で手を弾ませてアンティーク屋は言う。
「せめて裏通りのことは把握しておいた方が良い」
文殻は、アンティーク屋の手の感触に心地良さそうに目を細ませる。
「……アンティーク屋は、側にいる?」
「…………君人の話聞いてた?」
違うの?――と言う文殻に苦笑混じりの笑みで、どうかなと告げる。
「……だって、アンティーク屋はちゃんとわかんなくても、側にいてくれるでしょ――?」
アンティーク屋は何も答えず、ただ文殻の髪を撫でた。
文殻は頬を緩ませ、そしてアンティーク屋の手に自分の手を添えて、顔の近くに持ってくる。
そうして文殻は、アンティーク屋を見上げて微笑った。
文殻の手を離れた和紙が、アンティーク屋の足元を滑る。滑っていく。
他の紙束に紛れて、それは辺りを白く、仄かに照らしていた。


 
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