裏通り

□【Rain Man】
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消える瞬間、また一瞬雨音を乱す。
指を開けば挟んでいたマッチが重力に従い落ちていく。
焦げたマッチは素直に地面とぶつかったが、今度は雨音を乱すことは無かった。
濡れた手でアンティーク屋は髪を掻き揚げ紫煙を吐き出す。
「………未だ雨音を嫌うんだな」
溢された言葉にアンティーク屋は発言者に視線を向けるが、その本人の視線は手元の新聞に向けられている。
「………何のコトかな」
アンティーク屋の言葉は常と変わらずやわらかい。けれども常であるならば抜け落ちた感情の居場所に、無色透明な毒が居座っている。
きっとその毒は口に含んだとしても、無味無臭で気づくことはないのだろう。
ふとそんな考えが思考を掠める。
それもオモシロイ。
煙草を吸っていてもなお、雨の匂いはかぐやかでどこかしっとりと甘くすらあるというのに、どうしてこんなにも掻き乱されているのか。
けれどこの男はそれら総てを無色透明な毒に変えて、ただ静かに胸の奥底に溜め込み続けるのだろう。
「………失礼な奴だな」
唐突な言葉にRainy Takerは内側へと向けていた意識を新聞に戻し、更にアンティーク屋へと向ける。
己の思考でも読まれたかと思ったが、何のコトはない、知らず緩やかに口端が弧を描いている。それを見咎められたのだ。
一歩、アンティーク屋が店内から歩を進める。
庇の短いアンティーク屋では、それは雨下に出るコトを意味する。
「雨音が……なんだって?」
雨に濡れながらアンティーク屋がRainy Takerを見下ろす。
端正な顔がふたつ、抜け落ちた感情のままに笑みとも言えない無表情を向け合う。
「濡れ鼠は店内に入れないんじゃなかったか?」
「さて?拭けば同じコトだろう?」
Rainy Takerがアンティーク屋の髪に手を伸ばす。しっとりと濡れた長い髪は、座った高さからでも容易に手が届く。はずだったが、スッとアンティーク屋が身を引く。
無意識か、それとも故意かは、その表情から知ることは出来ない。
そうして少し離れた位置で自分の横に立つ相手の白い貌を見上げて、Rainy Takerは密やかに笑った。

雨はただ降り注ぐ。



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