裏通り

□【The Clock Time】
3ページ/4ページ

しかし見た限りでは何も見つけられない。
気にはなったが、きっと傷でもあるのだろうと、青年は結論つける。
「この店にある時計は、全部狂ってるけど?」
男の言葉に青年は視線を向ける。
視線の先、男は白衣の内ポケットから煙草を取り出し、マッチで火をつける。
「合ってるモノなんて、一つとしてないけど?」
紫煙を燻らす。
「合っていなくともこの店の時計は全て動いている。あんたが螺子(ネジ)を巻いてるからな」
何故か、バラバラに時計の螺子を巻いているのを何度か見たことがある。
男がにっこりと微笑む。

「正解」

何処から取り出したのか、気づけばその手には大小様々な螺子が握られている。
「この店にある時計は全て螺子式でね。切れる頃合いを見て巻いているんだけど、その時計だけは持って来られたときから螺子がないんだ」
だから、動かない。
「不思議なものだよね。実際の時間はもうずいぶんと経ってしまったというのに、この時計はあの時から動かない、動かせない。現実の時間は止めることなんか出来ない――でも確かにこの時計の時間は、あの時止まってしまったんだ」
ゆっくりと煙を吐き出す。
「あの時?」
「この時計が、元の持ち主と共にいられなくなったとき」
煙がまるで霧のように広がり、流れる。
「この時計は螺子を持つ人を待っているのかもね」
「………現れると思っているのか?」
その言葉に男はゆっくりと笑みを浮かべる。
「此処はその為の場所だよ」
携帯灰皿に煙草を押し付け、揉み消す。
「さて、もういいだろう?そろそろ本格的に遅刻する」
「あんたが言うと現実味がないな」
「さー出た出た。閉じ込められたくなけりゃさっさと出る」
「無視かよ!」
はいはい、と言いながら男が青年を押し出す。
「なあ」
押し出されながら青年が訊ねる。
「今度は、いつ開ける?」
「おや、来てくれるのかい?」
「暇だったらな!!」
はいはい、と笑って男は年若い裏通りの住人を店の外に出す。
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ