裏通り

□【帰想本能】
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扉の取っ手を押し下げるとカチャリと小さな金属音がした。そっと引くと、扉は思いの外軽く、今度は音を起てることはしなかった。
「いらっしゃいませ」
軽やかな可愛らしい声が聞こえた。幼い声。声の主はやはり幼い少女で、真っ白な髪を天辺でお団子に結っている。和装なことに気づく。建物にまるで合っていない。真白な髪と真白な肌と、真紅の衣の対比が目を引く。
「ようこそ、お越しくださいました」
ぺこりと、丁寧に頭を下げる。
「柊、お客さま」
次に発した言葉は客ではなく、いつの間にか来ていた少年に掛けられる。
「ああ。館長呼んでくる」
柊と呼ばれた少年はひどく大人びて感じた。深緑色の瞳がそう感じさせるのかも知れない。
しかし少年は、荷物を抱えているところから見ても、背後の扉から入ってきたはずなのに、いつ入ってきたのだろう。少なくとも取っ手は音を起てるはずなのに。
「館長を呼んできますのでそちらで待っていて下さい」
少年に示されたのは、草原の絵が掛けられたちょうど真下の壁際に設置されたソファー。座ればちょうど真正面に海の絵がある。深海から海面を見上げた構図だ。
「あの、お茶、何がいいですか?」
少女が声を掛けてくる。見れば傍らのティーテーブルにドリンク表のようなものが置いてある。
「南天、その人には茶は出さなくていい」
不意に掛けられた声、第三の人物。眼鏡を掛けた青年。おそらく青年が館長なのだろう。呼んでくると言っていた少年も側にいる。
「館長……?」
少女がどうして?とばかりに青年を見上げている。
「用件は、もう決まっているのでしょう?どうぞ。あなたが望む絵は奥にありますので」
青年の後について行こうと立ち上がった時、背後の草原の絵が視界に入った。日が暮れ始める、ほんの兆しが見えていた。さっき見た時は確かに青空だったと思うのだけれど。
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