うらには

□クルシミマスカンパ)予定跡地【匡阿幾続きネタ※まさかの他作品キャラとの遭遇パロあり…※】
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「♪jingle bells jingle bells じんぐるおーるざうぇいっ」

カランカラン。昼下がりの喫茶メトネルの来客を告げる鈴がまた一つ二つと鳴り響く。既に満席状態だった。
今日はかの聖なる記念日とあって、この盛況振り…という訳ではない。目立つのは友人同士連れ立って来ている男、男男ばかりである。


「いらっしゃいませ♪」

フワリッにこっ。この店の看板娘である彼女の笑みは、この日の彼等には特に心癒やされるものがあった。


「詩緒ちゃん、お願い」

「はーい♪」

そしてもう一つ。ふわりと羽織った真っ赤なサンタコス風の衣装にウキウキでくるくるしている看板っ娘の少女に。
1日に何度もこの可愛いらしいパタパタを見る為に足を運ぶ客も実は結構いたりする。


「いらっしゃいませ。此方にどうぞ♪」

そうしてまた一つ。カランカランと鳴ったドアの方へ、トレンチに紅茶セットを乗せたまま振り向いてニッコリ笑顔を作った。


「いらっしゃいませ〜♪」

「ただいま…う、…うわぁぁあっ!」

「匡平っお帰り」

そう言ってコトン。とテーブルへ置くと、直ぐに来訪者へと駆け寄る。
取って置きのメイド服に、サンタ仕様のふわふわの肩掛けで…今日は兄へ思いっきり可愛いさアピールなのだ。


「匡…っ」

「お帰りなさい。枸雅君」

「かっ…かかかわいいです!日々乃さんっ」

「…〜っ!!」

而して詩緒ちゃん、おかわり!等と客に呼び止められては…くるり回れ右をして空いたカップをトレンチへ乗せる。


「あう〜っ」

ガチャン。と些か乱暴な音を立ててテーブルへ運び終えてから、パッと身を翻して二人の元へと向かった。


「お、おかえりなさいっま…」

キュッと靴を鳴らして小さくクロスさせて。
スカートの両側を少し持ち上げてにっこりとお辞儀して、軽く首を傾げてみせる可愛いポーズ…あれ程練習したのに。
既にバッチリのタイミングを逃しているし、と素早く脚を揃えてゆっくりとお辞儀をするというのに変えた――が。


「可愛いですよっ日々乃さん」

相変わらず匡平は日々乃に気を取られている。


「あ、ありがとう…ほら、詩緒ちゃんもっ…凄く可愛いいんだからっ」

「え?…おー、なかなか張り切ってんなァお前も」

えらいえらい。とこう頭をなでられると、口惜しいかなぷぅんとなった膨れっ面も機嫌が直ってしまう。


「みてみて!可愛い?匡平」

「うん、お前も可愛いいよー…織人形みたいで」

「…本当?へへっ。メリークリスマス。匡平!」

「うわっ…メリークリスマス。全く、お客さん待たせないようにしっかり頑張れよ?」

頑張ってるもん!と小さな身体にぎゅっと抱きつかれて苦笑しつつ。
ポンポンと頭を撫でてやりながら、傍らで微笑む彼女に…すみませんねと笑いかけた。

「詩緒ちゃん今日とっても張り切ってるもんねー。枸雅君来てくれたし、ちょっと休憩しよっか?」

にこっ。とそう訊ねられる…途端に後ろでは少しばかり残念そうな溜め息がきこえ始め、明らかに恨めし気な視線を感じた。
而してそれよりも、この後二人きりになるであろう彼等の方が気になってもみる訳で。


「うーん…平気!お昼ご飯食べたし。日々乃こそ休みなよ。少し風邪気味なんでしょ?」

「そうなんですか!?それは――っ」


――?何だ。この感じ……っ

ドクン。急に躯の奥が疼く感覚に眩暈を起こしかけ、何とか表に出さずに踏み止まる。
一瞬白んだ思考の裏で唐突に過ぎらせた気配は紛れもなく彼奴――そう、このテの感覚には我ながら敏感なのだ。


「大丈夫なんですか?」

「ええまあ、少し熱っぽくて。でもさっき薬飲んだから、もう平気…効いたよね」

「「早めの〇ブロン」」

「…ハハハ」

と先程までのを引っ込め、某CMでお馴染みのやり取りを間近にしては…また何ともほっこり和んでしまうのだった。
心無しかお客の表情も和らいで見える。流石は看板娘の二人である。


一人階段を上り、部屋へ着くとボスっとベッドへ沈んだ。
脱力したままの腕を這わせ、隅に転がる携帯を手に取り目を閉じる。


「……クルシミマスか」

あの暗い暗い夜から、既に何日目か。
腕で顔面を覆い隠してみても、あの残像は消えはしない。
砂利塗れで共にずくずくと這いずりながら、薄く息を漏らす相手の口元へ再び吸い付かせてチュッと音を立てると。
僅かに身動ぎ出す腕が此方へビュッと伸ばされ、襟元をギュッと掴んできた。
ひんやりと晒された肌に此方のが触れるだけで今は、ぞくりとした。
何故か逆に奪われるような感覚にクラリとさせながら、微かに反応を示す指を握り締めると額を合わせた、その時。
耳元を掠めた風の音に見開く…スルリ抜け出す躯からガッと蹴りを見舞われ、思わず身を退かせた。
その隙に相手は逃れ、じっと見詰めたまま彼の相棒と共に姿を消してしまったのだった。


「やべ…思い出しちまった」

むくり起き上がり、のそりと立ち上がって薄く光の射し込むカーテン越しに外を睨む。
いつでも、どこからでも己達隻は互いにその気配が知れてしまっていた。
案山子と心を共にし続けている阿幾は元より、隻を退いて久しい己もまた知らず知らずに察知してしまう。
故に最初は態と目を閉じたまま…その内、まるで平凡な日々に惹かれてしまっていた。
下宿先の彼女の優しく柔らかな声は、拉げた心にほんのり灯りを点してくれた気がした。
ずっと遠く忘却の彼方にあったそれ等が、歪ながら徐々に形を取り戻して温かな光を放つ気がした。
そんな心地の新鮮さに、今はなんとも言えない愛おしさが加わった…すぐ手に届く安らぎが此処にある。
ただ、躯の奥は満たされていない…そんな時だ。突然感じ取ってしまった、あの男の気配を。
嗤っているのだ。全てから逃れたと思っているこの己を…所詮は上っ面だけの幸せだと。
まるで傷を癒やす様な真似を…被害者面してるなよと嗤いながら、こっちへ来いよと囁きかけてくる。
狂気を孕む暗いその視線を拒み、手を振り払って殴りつけると…いよいよ狂喜に口元を歪ませて此方を見上げてきた。
狂ってやがる、とばかりにガッガッと拳を振るう。まるでタガが外れた様に、飛び散る血にも構わず殴りつける異様さ。
抑えていたものが、この男を前にすると当然のように溢れてきてしまう。
力任せに痛めつけていながら、だがそんな己はあるべきではないと叫び続けた。
ただされるがままになって受け入れるから…此奴が、いつまでも嗤っているからだと。
本当は、そう安心できる心地良さを持っていた。多分昔からずっとずっと…依存していたのは此方の方だった。
最初の出逢いから。決して怯えることなく鋭く見上げる、強気の眼差しに心惹かれた。
それでいて噛み付くように荒んだその気配が不思議で、多分無意識に手を出して誘っていた。
何の考えも無しに近づいては、気安く一歩踏み込むのも容易かった。
そうしてこの手負いの獣は、長らく己の心に棲みついてしまっていたのだ。


「阿幾…」

けれどいつの間にか、その獣はいなくなった。
まだ少年だったあの頃。あの日に滲む、淡い花の色を凌駕する焼け焦げた様な傷痕が。
ずっとずっと抜けない、抜いてはいけない棘の様に胸の奥に突き刺さったまま。
やるせなさに咽び泣き、まるで…恰も自身のみが傷つけられて憔悴仕切ったかの様な感覚に、浸っていた。
無駄にナイーブだったのか、プライドが高かったのかどうかは分からないが。
あの男の双眸に宿る狂喜の色にはもう触れたくないという思いだけはあった。
真っ赤な夕陽に、溢れ出すばかりでどうしようもなかったあの優芽の様な夏を。


「阿幾…」

幼馴染みに抱くのは負の感情ばかりだ。こうして遠くの地に来てまでもその気配を感じ、嗅ぎ付けられてしまうのすら鬱陶しくてたまらなかった。
だが…匡平。と名を呼ばれた一瞬、ぞくりと何かが沸き上がってくるのがわかった。
会いたかったぜ。と告げられ、込み上げる感情を押し込めてはギッと睨みつけてやった。


「阿、幾…」

沸々と込み上げてくる怒りにまかせて胸座を掴み上げる。
挑発的なその眼差しに、だが何故か唐突にこの男の匂いが入ってきて、バッと手を放した。
――!?一瞬目を見張り、へっ。と嗤う阿幾の両肩をグッと掴んでは暫く項垂れ…漸く顔を上げて、小さく告げたのだった。




――風、出てきたな…

ビュウ…ゥッ。とまるで肌を刺す様な冷気に、阿幾は白く細い息を吐いた。
上空から眺める街は、何時もとさ程変わらない様に思えたが。
実際歩いてみると何やら派手な装飾が彼方此方で見られ、少し不思議に思った。
いつになく目を向けると…人々の雰囲気も沸き立って見える。
メリークリスマスとは?…今日は何かの記念日のようだが。


「…彼奴が言ってたのはこれのことか?」


久々に戻ってみると、家主の久羽子は居なかった。
風呂にもその気配はなく、ならば好都合とばかりに服を脱ぎ捨てた。
全身兎に角ドロドロだった。熱い湯を勢い良く頭から浴びせていると、いきなり其処が疼き出し…ウッと息を詰まらせる。
途端その中からツウと伝う生温かい感覚にぞわりとして思わず膝をつくと、熱い息を吐き出した。
ガクガクと震えて吐き気もしてくる…面倒だなと嘲笑しつつ、湯を止めて浴室を出た。


「あー…あんた帰ってたの」

薄情者めが。といつの間に帰ったのか、テーブルに突っ伏しながら久羽子はジト目でそう呟く。


「本当くっだらなーい…クリスマスなんて」

「…クリ…マ?」

髪を拭きながらソファーに凭れると、知らないの?と久羽子が上に乗って来た。


「あと何か飯…」

「そうだ!」

突然、紙袋を突きつけてニヤリとする久羽子は言い放った。


「メリークリスマス阿幾。ちょっと、買い物お願い!」


「…はぁ〜?」



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