Plusα

□水辺に立つ花
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矜持だけでは生きていけない。だが矜持なしには生きられない。特に自分のような人間ならば。


家族の為に売られたのに,その家族が殺された。生きる意味も見受けられないが,それ以前に花籠に囚われる意味がなくなった。

なればこそ逃げ出して,それから先を考えてみたかった。悲しいとか,そんな感情を認識するためにも,独りの時間が欲しかった。死ぬ前くらいは,自分のために生きたかった。

夜に近い刻限で,水の鏡は鈍く光る。自分の瞳が同様なのをキラは遠くに感じていた。脇差しだけは持ち出せた。両親が託した最後の心。

誇りのために自害しろとは言われていない。
売られた時も,必ず取り返すと約束してくれた。武士などやめてやると断言した父が,キラを救出するために何かをしようとしたのは明白だ。

でなければ彼らは今も,悔やみキラを心配しながらも生きていてくれた。

涙が刃先に零れて,当てた刃の冷たさが薄らいだ。ちりりと痛み,やがて薄く皮膚を裂いていく。

せめて一緒に死ねたなら。それだけが心残りで,瞼を閉じると背後から2本の腕。追っ手かと歯噛みして,どうするか迷った。

誰かに見られるのは何となく嫌だった。自分で静かに潰えたかった。
誰にも干渉されることなく。

キラに残っていたたったひとつの矜持。



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