過去拍手
□過去拍手3
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「君とは初めてこんなに話したね。ザラ君」
「話せといわれれば口くらい開く」
「嘘。テストに不必要なことに君が時間を割くわけないよ。第一どうして君が僕に関心持っているの?
…他の人と違う理由なのに」
「試験も君も変わらない。ただの知的好奇心だ」
失望したように彼は「好奇心」と口だけで鸚鵡返しした。
「君を観察したい。笑っているのは気持ちが良いのに、時々今と同じ顔でも笑う。
君をそうさせるものと君を美しく彩るものを知りたい」
「知ってどうするの?」
「そうすればこの好奇心の理由も分かるかもしれない。知ればその問いにも答えるさ」
「真摯な君に僕からも質問をしても構わない?鸚鵡返しではない質問を」
「ああ」
今までアスランの”好奇心”に付き合ってくれた彼の当然の権利だ。
「君は市井の噂にも興味があるの?」
「俺は自分の知的好奇心にしか興味がない」
「じゃあ今のところは、今までのお話が君の興味の全てなんだ」
「あぁ。何か不足か。泣きそうな顔をしているが」
「ううん。君が不審者じゃないと分かって安心したの」
「君はそんなことを心配しなくてはいけない状況なのか」
「本当に知らないんだね」
「無知は罪ではない。だが君に関してはそうだな」
「某哲学者?今の言葉は反対だ」
「片方はわかりそうだ」
「ふふ。優秀だね」
今度の彼は綺麗に笑った。片方は謎のまま残ったがそちらの方が面白い。そんなに簡単に分かるとも思っていない。
彼はアスランの上から退くと倒れた机と椅子を元通りにし始めた。華奢な腕で黙々と。自分の倒したものを他人に片付けさせるのは心苦しい。
背中を起こすともう終わってしまっていて、礼を言おうと顔を上げたら目の前には伸ばされた右手があった。
「立って」
一人で立てるが有り難くその手を取ることにする。彼の掌はなぜかアスランの方に近付いて、力強く引き上げられることはなかった。
片膝を立てた状態のアスランはしばしそのまま固まった。中腰の彼は両手をアスランの肩に添えて目を伏せていた。
睫と同じように口唇も震えている。全身から迸る緊張感が彼の心証を分かりよくしてくれた。
「俺は絶対君を怖がらせたりしない」
解放された口唇で伝えると紫が揺れた。
すっかり暗いこの場所で、彼の中にある闇の片鱗を見た。
彼をつぶさに観察するには許可が必要だ。そうでないと壊れてしまう。
緊張感に押しつぶされ、ゆらゆらと無知の大海で溺れないように喘ぐ彼が。
発作的にその肩を掴んで腕の中に閉じこめた。外の世界が彼を見ないように隠したかった。
そうすることで自分が彼を見られなくても構わない。約束を破ってしまったと気付いてアスランはそっと呟いた。
「今は君に触れたい」
こうしなければ彼は無防備に涙も流せない。
FIN
初出110927
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