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□ただ美しく嘲笑(わら)う
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『リューク』
ああ、自分の名前を呼んで、美しく笑った神様はもう、いない。
彼をこのノートに書いてからもう随分と経つ。
今では彼が生きていた頃、あれ程望んでいだ真面目で心優しい人間だけの世界゙とは程遠い、昔と全く進歩のない世界に戻ってしまった。
ああ、これを彼がみたらなんというだろうか。
彼が裁きを下さなかっただけでと絶望するだろうか?
いや、彼のことだからきっとだからこの世界には僕が必要なんだと笑っていっただろう。
所詮人間なんて弱くて脆くて、短い生き物だ。
このノートに書けば死んでしまうし、書かずとも何時どんなことがあって死んでしまうかもわからない。
だから、こんなに死神である自分がたった一人の人間だけをいつまでも引きずることはないのだと、そう思うのに。
彼が、笑う。
世界の神様が無邪気に笑う。
それだけで、自分は嬉しかったのだ。
あの日以来、あれ程までに好んでいた林檎でさえ、どれ程口にしても美味しいと感じられない。
林檎が食べたい、無理にでもそう頼めば結局折れるのはいつも彼で仕方ないな、と困ったように笑いながら渡してくれるのだ。
どれも変わりはない筈なのに、彼から手渡されるあの赤い果実は他とは比べものにもならなかった。
こんな自分を、彼がみたらなんというだろうか。
彼を殺した張本人である俺をみて、あの神様は、なんというだろうか。
俺はなんでも自分の思うがままにしてきた神様に踊らされているのだろうか?
計算通りとでも笑うか?やっぱりと、あの憎らしいまでの笑顔をみせてくれるだろうか?
今、人々をみても、彼が憎んだ犯罪者をみてもこのノートに書こうとは思えない。
彼の後を引き継いで裁きを続けやるでも、自分の命を引き延ばす為でもなく、ただぼんやりと彼の切望したものとは程遠い世界を眺めて、過ごす。
あの時、あの最後、彼が死への恐怖で俺に縋った。
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