星狐小説

□ひとはそれを愛情と呼ぶ
1ページ/2ページ

あの子が負った心の傷を、
少しでも癒すことが出来たのなら
それが自分にとっての幸せなのだと

今更気付くだなんて、
遅すぎただろうか




「………」

一言も発せられないまま布団をめくられる感覚に、目を覚ます。
まだ薄い意識の中、時計を見れば丑三つ時ど真ん中。

ああ、またか。

久しぶりだというのに毎日されているかのような感想を抱いたのは何故か、などと考えるのは後にしよう。
この子がこんな行動をするとき、それはつまり、
…相当の恐怖だとか、その類いのものを味わったということなのだから。
今はとりあえず、この子に付き合ってやらねば。


「…オイ、起きてるか?」

「起きとるで」

そう答えれば、安心したような溜め息。
…正しく言えば『起こされた』のだが。
直後、冷えた腕を先頭に、細い身体が温もりの中に入ってきた。

別に、これから淫らな行為をするわけではない。
たまにあるのだ、こういう事が。
彼が、いつもの態度からは想像もつかないくらい甘えてくるときが。
例えばこのように、黙って他人の布団に入ってくる…などというのは、この子なりの甘えの表現のようで。

嫌な夢を見ただとか、
幼少期に充分に得られなかったモノを欲しただとか…
他人が恋しくなったとき、すぐに寝床の共有を求めてくる。
昔から変わらない。これが彼のやり方だ。


本来なら一人に使われる筈の寝具に、二人分の身体が収まった、
まさにその瞬間。

「…ちょっとだけ、居させてもらえるか?」

久しぶりに聞く、彼からの依頼。
普段なら、何か頼み事があっても、こんな素直に言ってはこないというのに。
そんなこの子が自分から、甘えを認めているような発言をするなんて。
…どうやら、今回の悪夢は余程キツかったようだ。
きっと、精神が、不安定になっているのだろう。

「いつまでも居てえぇよ」


暫くして伝わってきた背中越しの小刻みな振動も、
服を掴まれる感覚も、
彼の、恐怖心を押し殺す為の努力の現れだと考えると…
なんだか、不安になった。

「…坊ちゃん?」

「なんだ」

思いの外の即答に安心する一方、その声の掠れが気になった。

「大丈夫か?」

「何がだ」

何がって、決まっとるやないか。
とは口に出さないでおく。
もしかしたら、自覚が無いのかもしれない。
前回までより震えが大きいだとか、やけに返事が短いだとか、そういう自覚が。

「今日…いつもより酷いで?せやから、大丈夫か、て聞いとんのや」

僅かな、沈黙。

先程から積もってきていた不安に耐え切れなくなり、振り返ると

「…坊ちゃん…」

彼は、布団に顔を埋めて、表情を見られるのを隠していた。

「あかんなぁ、そない震えて…あんま心配させんといてぇな」

「……るさい」

目の前で白に埋もれる頭を、なるべく優しく抱く。

「泣かんといてよ」

「泣いてなどない」

やれやれ、こんな状況の中でも、やはり強がりは変わらないか。
そんな涙声出しておいて、『泣いてない』だなんて。

「あんま無理せんといてもえぇんやで?」

「してない」

先程から一言で否定してくる彼が、一層可愛らしく感じる。


不意に、震えが止まった。

「…あれ、坊ちゃん?」

「………」

少し離れて見てみれば、腕の中で寝息を立てる彼。
閉じられた瞼の僅かな隙間から、拭き取られずに残っていた涙が一筋、頬を伝ってシーツに小さな染みを作った。

「…子供みたいやな」

聞く相手もいない感想を呟き、彼の右の頬に、自分の唇を一瞬だけ接触させた。

「おやすみ」

せめてこんな時くらいは、ゆっくりと。



End...
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ