約束を果たすまで

□人は急には止まれない
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どこの学校にもあるであろう教訓。
廊下を走ってはいけません。
今、現在進行形で私は……



「「「みいつけたああああ!!」」」
「みつかったああああ!!」



破ってます。

ただいまの時刻正午まで2時間とまだまだ時間がある。鬼ごっこは午前の部の花形であるため一番長く時間を取る。午後の方がどっちかと言えば体育祭らしい競技が並んでいるように思う。


「奈々先輩!私の胸に飛び込んでください!」
「敵の胸に飛び込むわけないでしょーが!」


腕を広げて追いかけてくるマネちゃん筆頭女の子ズ。今いるのは高等部南校舎2階。鬼のほとんどが私のこと追いかけてんじゃないかってくらい後ろが怖い。


『高等部3年3組加賀未奈々!のっけから追いつめられてるぞおおお!!』


どこからか聞こえる放送部の実況。おそらく校庭での実況は校舎内のスピーカーからも流れるように設定されているんだろう、廊下走ってたから耳が痛い。
あ、と思うと前の階段から鬼が出現。これはまずいと窓を開けた。


「ええ!?先輩何を!!」


マネちゃんが死にそうなくらい青白い顔になる。そんな驚くようなことはしないっての。窓枠に手をかけよいしょ、と両足を平行にし飛び降りる。
後ろからきゃああああ!!と断末魔の叫びが聞こえるが、私を見下ろしてそれは止んだ。


「簡単に捕まらないよ」


ひらひら手を振るとマネちゃん達ははうっと胸の辺りを押さえていた。



―――――――



『さあ、白熱して参りました鬼ごっこ!って、バニーちゃあん!?何で画面凝視!?』
『奈々先輩、かっこいい……っ』


マイクを握りしめただただ大画面のビジョンに映る奈々を見つめる。実況なんてそっちのけである。


『今回はいろんな思惑がありそうだ!だが!!勝負はここから!!そろそろ最初の障害がやってくる頃じゃないかあああ!?』


マイクを通して叫ぶ放送部。それに沸き立つ観客の中で、数名が抜け出していたことをまだ知らない。



――――――



鬼ごっことは
学園長の思いつきで始まった徒競走の進化版。どこを進化させたかといえば、ただ走ってるだけではない。逃げる側は自らの活路を切り開き、追いかける側は相手を追い詰め捕らえる。どちらも体力だけでは勝てない。どう陥れるか、頭を使う必要がある。


「それで、どうするマネ」
「あんたらのマネージャーじゃないわよ」


今はそれでいいけどと男子バスケマネージャーを中心に女子が集まり話し合い。彼女達の狙いはポイントなんぞではない。加賀未奈々ただ1人。彼女に恨みがあるわけじゃない。むしろ好意しか抱いていない彼女達に普通の男が勝てるわけがない。


「今回の鬼は仕組まれてるのは気づいてるわね。そう、これは鬼ごっこという名の奈々さん取り合い合戦だ!これで負けてみろ、一生奈々さんには近づけないかんな!」


選ばれた奴ら心してかかれよ!!とマネの顔がくわっとなってイエッサ!!と敬礼を余儀なくされた。


「あの……」
「いいか!!まず醍醐味としては奈々さんを追い詰めるところから始まる!!周りの奴らなんか屁でもない!!今の私達を止められる奴らはいないのさああああ!!」
「「「イエッサああああ!!」」」


いや、あの、と彼女達の中の1人がその熱気についていけてない。それよりも、何かを話そうと必死なのだ。あのっ!と叫ぼうがマネ達には届かず。


「奈々さんの位置は!?」
「はっ!!ただ今高等部1階を走行中の模様……って、すぐそこまで来てます!!」
「なんだと!?こうしちゃいられない!!全員配置につけ!!」


マネの指示で隊列を組む彼女達。右から来ます!という言葉に任せろ!!と振り返った、それがなぜ人じゃなかったのか。彼女達には到底わかり得ないことだ。


「な、なな……なんじゃあれええええ!!!」


そのことを知るには、数十分前にさかのぼる。
高等部2階北棟にて起きた出来事。
彼女達がこうして集まる前には加賀未奈々にまかれたことから始まるので、そこには肩で大きく息をする奈々がいたのだった。



――――――



「は、はあ……本気が、怖い……」


ようやく去ったマネちゃん達に安堵の息をもらす。今いるのは北棟の2階の空き教室の教卓の下。息を殺す、を初めて知りました。ふうと息を吐いてから教卓から顔を出す。キョロキョロ…いないよな。辺りに誰もいないことを確認して立ち上がる。
鬼ごっこ、去年観覧席側だった自分が懐かしい。自分のクラスの逃げてるのを応援しまくってたってのに。小さくなっていた背中を伸ばすように上に手を。ぐぐーっと伸びてビジョンを確認。ここから校庭の大画面が見える。


『おっと!1年生ピーンチ!!逃げることができるのかああ!!』


ビジョンで追い詰められているのは乱太郎君と顔色の悪い子。確か鶴町君だったかな。大きい高等部に追い詰められてる。あれ、逃げらんなくない?


『さあどうする!!1年生3組、2組このままじゃポイント大幅ダウン…だああああ!!?』


スピーカー越しに大音量の叫び声。教室に1人の私も耳を押さえるほど。一体なんだってんだ。


「何かあったのかな……」
「1年生の逆転劇があったらしいよ」
「へえ、今年の新入生は有望みた……い……」


おかしなことが起きた。この教室には私しかいなかったはず。あれ、なんで私の声だけじゃないんだ。
隣を見ると窓枠に肘を置いて口の端を上げて笑っている鉢屋君。

今、私は鬼ごっこ中。

その思考が頭に巡った瞬間私は教室を飛び出していた。まずい、まずいでしょ!!


「私から簡単に逃げられるとでも思ったか」
「ぎゃああ!速い速いよ鉢屋君!!」


男子と女子の体力の違い、さらには運動部と文化部の違い。運動部をなめるなということですね。彼は簡単に私の斜め後ろにいる。


「なあ、先輩はわかっているのか?」
「は、はっ…なに、が?」


走りながら捕まえる気があるのかわからないが鉢屋君は私に問いかけてきた。一体何を言われているのか、私は後ろを見た。


「あんたはいつも私の前を走る。いつも………あの時もだ」


あの時、一体何を言っているんだ。私は鉢屋君と鬼ごっこをしたのはこれが初めてで、鉢屋君と出会ったのは去年だ。高校生にもなって鬼ごっこをした記憶は私にはない。

じゃあ、彼が言ってることは一体いつのこと?


走っている足が徐々に遅くなる。疲れてきたのもあるんだけど、自然と彼の足も遅くなって最終的には止まった。


「………はちや、くん?」
「あんたはいつもそうだ。私達を置いて先に、前に行く…」


息を乱す私、全く乱してない鉢屋君。それでも小さく見えるのは鉢屋君の方で、私は彼を見つめた。


「私は、そんなことしてないよ」
「そーゆうの、無自覚って言うんだよ…」


気づけよ、みんなあんたの背中しか見てない。見せてもらってない。
鉢屋君のこんな切ない声を初めて聞いた。それよりも、こんなに胸に響くことがあったか。響いてる?違う、どくんと高鳴ったんだ。


「は、ちやく」
「そこまでだ三郎っ!!」


ガッ!と聞こえた鈍い音。
目の前に現れたのはなぜか尾浜君。しかも意気揚々と鉢屋君に蹴りを繰り出して、それを左腕で受け止めたのは鉢屋君。
え、何事?と私が目を丸くしていると鉢屋君から一旦距離を取った尾浜君が私を背にして何してるんですか!と叫ぶ。


「ここは僕が止めるから!早く!」
「え、え?おはまく…」
「ああああ!奈々見つけたぞおお!!」
「げっ!小平太!!」


ここは尾浜君の言う通りにしておいた方が賢いようだ。彼らに背を向け走り出した。それを気にしてる暇なんてなかった。


「……勘右衛門、私は忘れることができない」
「僕もだ…君ほど、繋がりはなかったけどね」



対峙する2人の目は悲しかった。それでも、私はそれを知る術はなく。ただ、走り続けた。






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