約束を果たすまで

□自然体ってこと
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高等部南校舎2階の1番奥の部屋。暗幕が常にかけられていて生徒からは通称闇の部屋なんて呼ばれている。
けど、私はそこの前に立っている。
なぜってその教室に用事があるからだ。
がらりと開けるとまず暗幕。それの切れ目を探し中に入るとやっぱり真っ暗で赤いランプで雰囲気たっぷりである。

「い〜ち、に〜い、さ〜ん…」
「ちょ、こっちに向けないでえええ!!」
「…1年生イジメも大概にしてくださいよ」

はああ、毎度ながらこの変態教師。グロテスクな物を写真に収めては自分で現像して保存。保管して新入生に見せて嫌がる顔を見て喜ぶど変態だ。
いじめられてた新入生、斉藤君は助けてえ!と私に抱きついてきた。ちょ、ホントに男かコイツ。
えぐえぐと泣いてる斉藤君の背中をさすりながら大丈夫と声をかける。これマジでトラウマになるからね。

「これはこれは、部長じゃないですか〜」
「どうもどうも部長です。カメラ借りてっていいっすか?」
「どうぞ〜。あ、タカ丸君に部の活動について話しといてもらえますか〜?」

私は忙しくて〜とまた新しい写真を眺めてうっとり。この変態め。
棚からカメラを2台手に取り抱きついている斉藤君を引きずるように闇の部屋を後にした。空気の入れ替えしてよね。
ようやく光が見える廊下に出る。後ろから抱きついてる斉藤君はいまだグズグズ言ってる。トラウマ確定だ。

「斉藤君、1年もすれば忘れるからそれまで辛抱だよ」
「長いよそれ!」
「はいはい。仕方ないから部活動始めるよ」

背中にへばりついている斉藤君を離し首からカメラをかける。綺麗な顔してんなチクショー。イケメンは何したってイケメン。周りの奴らに習ったよ。

「何するんですか?」
「カメラ持ったら写真撮る以外に何するんよ」
「いや、そーゆうことじゃなくって」

わかってるって。疑問が多いらしい斉藤君。とりあえず歩こうかと闇の部屋から遠ざかっていく。自然と斉藤君の足は速い気がする。
きっと無自覚だな。
階段を降りながらカメラの使い方の説明。そこらへんの物と同じだから適当に。壊したってあの変態に払わせればいいし。

「春、夏、秋、冬にコンクールがとりあえずあるの。夏休みに2回。冬休みに2回。春と秋は1回ずつ。題材はコンクール1ヶ月前に出るんだ」
「へえー、提出期限ってのは」
「コンクール1週間前がギリギリかなー」

渡り廊下を歩きながらカメラを構えシャッターを押す。ホントは斉藤君入れたかったけど入んなかった。

「先輩はどんな写真撮るんですか?」
「んー…バラバラだなあ。景色とか人物とか」
「人物ってどんな?」
「友達。部長の奴ら多くて頼りになるんだ」

写真に収めるに相応しい人材が揃ってる。ふふっ、と笑うと斉藤君は先輩楽しそう、と。ふにゃっと笑う君が可愛い。

「先輩バイトしてるってホント?」
「ホントだよー。駅前のカフェで丸2年かな」
「え?もしかして、Cafe RE:LEY?」
「そこー、よく知ってんね」

まあね、と意味深な笑顔に首を傾げるがわあー綺麗な空ーとカメラを構える斉藤君。写真部にどうして入ったんだろうか。

「ねえ、斉藤君って運動できる?」
「人並みには」
「じゃあ頭悪いとか」
「…僕のこといじめたいの?」

あ、泣いちゃった。違う違うと柔らかい金髪を撫でてあげると涙目で見てくる。ホントに男か。

「ごめんね、どうして写真部に入ったのか知りたくて」
「ああ、そゆことか……」

目尻の涙を拭って斉藤君はふにゃりと笑った。だから可愛いんだってばもう!

「家の仕事の手伝いしなきゃいけないんだ」
「え?何かしてるの?」
「まあね。お父さん1人でやってて大変らしいんだ。だけど僕病気で2年ダブっちゃってさ…単位欲しくて写真部に入ったんだ」
「……ちょ、ちょっと待って。今流してはいけない言葉が聞こえたんだけど」
「ああ、単位欲しくて?」
「違う違う!その前!!2年ダブっちゃったって……同い年!?」
「え?あ、そうだね」

なんてあっさりしてんだこの子。私先輩じゃないじゃん。新入生だけど新入生じゃないよ。
けど病気って言ってた。今は大丈夫なのかな。カメラを構えて遊んでる姿を見る分には健康そうなんだけどなー…
私の視線に気づいたのか斉藤君がせーんぱい、と笑った。

「病気はもう治ったの。同い年だけど新入生に変わりないから後輩。先輩は先輩なんだから」
「……もう、辛くないの?」

言葉の尻目を弱くしながら聞くとなぜか頭を撫でられた。嬉しそうに笑ってるのはなぜだろう。


「もう大丈夫。奈々さんありがとう」


奈々さん、って……さっきまで先輩だったのにどうしたんだろうか。
優しい手つきはまるで壊れ物を扱うようで、子供扱いとはまた違う気恥ずかしさに顔が熱くなった。

「先輩?ボーっとしてるよ?」
「え?あ、だ、いじょっぶっ!!」
「えええ!?先輩!!」

どこからともなくやってきた豪速球のボールは私の後頭部にクリーンヒット。前のめりに倒れた私はなんとかカメラは死守した。
ちくしょー、この痛さは覚えがあんだけどよ。
私の予想通り聞こえてくる。すまあああん!と叫びながら走ってくる足音が。

「ボール飛んでこなかったか?」
「あ、もしかしてこのバレーボール……」
「…こぉへぇいーたあ…」
「うおっ!奈々じゃないか!」
「奈々じゃないか、じゃない!!いったいんだけど!まいっかい人の頭当てないでくんないかな!!」
「わざとじゃないぞー?ボールが跳ねて跳ねて奈々の頭に」
「跳ねてもこの勢い!?どんな腕力だよ!!」
「あ、あのー…先輩?」

控えめに聞こえた斉藤君の声にハッとしてそっちを見ると目を丸くしてる。あんま驚かしちゃダメだろ自分。

「ごめんよ斉藤君、このバカのせいなんだ。お願い写真部辞めないで!」
「私のせいにするなよー。つーかマネージャーやれよー」
「アンタのせいだし、マネージャーもやんねーよ」

コイツが入ると会話が続かない。するとぷはっと吹き出す斉藤君。
つ、ついに呆れたのか。しかし斉藤君はごめんなさ、と笑いながら謝ってきた。説得力ないぞ。

「先輩すごく楽しそうだからさ。つい笑っちゃった」

つい、で笑われる先輩ってどうよ。褒められてんのかビミョーだし。

「奈々、後輩か?」
「あ、うん。新入生の斉藤君」
「へえーついに入ったのか」
「毎年大人数のバレー部とは違うの。今年は何人?」
「んーと……20人?」
「疑問系を疑問系で返さないでよ」

こっちが困るだろーが。小平太と話しているとパシャリとカメラ独特の音。何かとそちらを見るとてへっと笑っている斉藤君。カメラを横にして笑顔を向けてくる。いつの間に構えてたんだおい。

「それ現像したらくれ!」
「はい。あ、滝夜叉丸君だ」

たきやしゃまる?フルネームかな。七松先輩!と叫ぶ声。体育館からこちらに走ってきてる男の子がいる。長い前髪は左右に別れていてどことなく、オーラが読める。
ぜえ、はあと体全体で息してる辺り今日は外走ったんだなってわかった。え?勘だけど。

「おお、滝夜叉丸!どうしたんだ?」
「ど、したじゃ、ないですよ!練習中です、よ!?」

言葉も切れ切れ。かわいそうに、小平太の下のバレー部なんて。汗を拭うため腕でぐっと顎をこする。そして顔を上げた彼と目が合った。うっわ、この子も美形だ。
ぱちくりとした目で私をじっと見てから服の袖で汗を拭い、ぱさっと髪を風になびかせた。

「私に惚れましたね?」
「……はい?」
「いいんですよ!それは仕方ないことなんですから!」

キラキラ、キラキラ。なんて無駄な輝きだろうか。私の予想って当たるんだよね。うん、感じてた。残念なイケメンって。空気でわかってたよ。

「ちょっと滝夜叉丸君、先輩困らせないでよー」
「ああ、タカ丸さん。違いますよ、僕はむしろ受け入れているんです!」

バッと両腕を広げる滝夜叉丸君。私にどーしろと言うんだよ。言わずもがな、次に出てくる言葉は想像できる。

「僕の胸に飛び込んでもいいで」
「結構でーす。つーか、何が名字でどこが名前?」
「滝夜叉丸は名前だ。平が名字だぞ」
「長い名前だねえ、名字短いねえ」
「ふっ、将来あなたの物になりますよ」
「ならねーよ」

照れてるところも可愛い!なんて言われても嬉しくないのは何でかな。とりあえず、平君とこれ以上いると私の精神が持たない。斉藤君の腕を掴み次行こう、と促した。

「あ、行くのかー?」
「うん!部活がんばってねー」
「ああ!またなー」
「先輩また会いましょう!」
「いつかね」

できれば永久に会いたくないかな、笑顔で返すが握力上がってて斉藤君が痛い痛いと青い顔してて驚いたな。




「……七松先輩、彼女は?」
「ん?加賀未奈々だぞ」
「奈々、先輩……」


ぽつりと呟く奈々の名前。何か違和感でも感じるのか、何回か繰り返した。

「どうかしたのか?」
「あ、いえ…それより、キャプテンが率先して練習サボってどーすんですか?」
「あははー、すまん!」

謝ってないし、とため息をつき滝夜叉丸は先に体育館に戻った。その後ろ姿を見送りながら小平太は呟く。


「お前はないのか、滝夜叉丸…」


頭をかき、それから体育館へと足を進めたのであった。





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