うぉーく

□儚げな笑顔の裏の裏
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人が行き交う茶屋の入り口。外に位置する椅子に、ボーッとして座る人影。

「旦那お久しぶりですね」

そっと近づいた花魁。声をかけた人物に近づくとにっこりと微笑んだ。

「よ、ビアンキ。久しぶりだな」

軽く手をあげてから詰めて席を空けた。失礼します、と着物に変な折り目がつかないように直してから座った。


「茶くらい奢るぞ?」
「お気遣いなく。旦那を見かけたんで立ち寄っただけですから」

フフッと笑う表情はまさに大人な女性。そうか、と返事をし注文を聞きに来たこの店の娘を帰した。


「あぁ、ビアンキに言うことあったんだ」
「私にですか?」


突然思い出した葉月はビアンキの方を向き、真剣な顔をしてからすっと頭を下げた。


「白蘭のこと本当に助かった。ありがとう」


深々と頭を下げられ、よしてください。とビアンキはとんとん肩を叩いた。


「本当に、ありがとう」


顔をあげ、向けられた笑顔にビアンキも微笑んで返した。


あれから三日が経った。
あのあとすぐに元の体に戻った葉月は、情報屋ビアンキの元に向かった。

『頼む、助けて欲しい奴がいるんだ』

突然のことに驚くビアンキ。葉月をなだめながら、事の事情を聞いた。
それから、ビアンキにより役所との取引が始まった。

『白蘭は、確かに罪を犯しました。でも、その力、また野放しにする気ですか?』

西の御奉行リボーンとも顔見知りらしく順調に事を運び、昨日白蘭の実刑が言い渡された。


「葉月ー」

遠くから聞こえてきた声。以前とは違う少し緑がかった着物。

「白蘭」

名前を呼ぶと笑いながら葉月に抱きついた。店先でそんなことが起きてようと人が多くてほとんどの人が気づかない。

「何でいるんだ?まだ実刑中だろ」
「だってさー、彼ら僕に休みくれないんだもん」
「それはお前がこーやって勝手に休んでるからだ」


後ろから聞こえた氷点下の声。あ、と上を向く葉月とチェーと口を尖らす白蘭。


「迷惑かけてごめんね、沢田兄」
「全くだ」


岡っ引き沢田綱吉は眉間にシワを寄せてため息をつく。迷惑、というのは言わなくてもわかるだろうが、白蘭のことだ。


「行くぞ。まだ巡察が残ってる」
「えー、まだ充電足りてないー」
「もう死ねよ」


口が悪いー。とぶすくれる白蘭と誰のせいだ。とさらに眉間にシワを寄せる綱吉。
誰も、この二人の組み合わせを予想できなかったはずだ。


「それじゃ、葉月。またね」
「仕事がんばれ」


ヒラヒラと手を振り、白蘭と綱吉はその場を後にした。その後ろ姿は、人、そのものだった。


「……アイツに、笑顔が戻って本当によかった」
「それは、旦那ががんばった結果です」


ビアンキに微笑まれ、そうか、と葉月は目を細めて笑った。



白蘭の実刑。それは役所に身柄を預け、生涯岡っ引きとして身を投じるというもの。
実際にこんな刑があるのかはわからない。だが、白蘭の笑顔が今もあることに、自分は納得していた。

「さて、そろそろ行くかな」

茶を飲み干し横に置いた。ビアンキは何かあるんですか?と首を傾げた。
背筋をんー!と伸ばし、腰に手を当てビアンキを見る。

「依頼人と会うんだ」

そろそろ、時間だからな。とビアンキに背を向けた。またなー、と男らしい背中。ビアンキはフフッと笑みを零す。

「やっぱり、おもしろい」

葉月が見えなくなってから、ビアンキも茶屋を出た。周りの人は、誰も気づいてはいなかった。




――――――




トントンッと古ぼけた長屋の戸がたたかれた。開いてるぞ、と中から声が聞こえ戸を叩いた方はがらりと躊躇なく開けた。

中にいた人はやってきた人に背を向け、笠作りの内職を進めていた。

「一週間ぶりかな、じっちゃん」
「来ると思ってたぞ、小僧」

お邪魔します、と小僧と呼ばれた人物は履き物を脱ぎ、畳に腰を下ろした。

「暇だな、小僧。仕事ねえのか」
「いや、万屋営んでるから」


今はじっちゃんが依頼主だろ?と小僧、もとい葉月は笑った。そいやそうだったな、と無精ひげの奥の口から笑いが零れた。


「それじゃあ、俺の依頼は済んだのか?」
「もちろん。仕事の成果を見てもらおうと思ってな」
「……そりゃあすごい」


見してもらおうか。と笠作りの手を止め、葉月と向き合った。
それを合図に、葉月はこほんと咳払いを一つした。

「まず、じっちゃん。嘘ついたな」
「何の話だ」


とぼけんなよ。と葉月は懐から紙を一枚取り出した。葉月の行動を目で追う長屋の老人。顔の下半分が髭で覆われているため、どのような顔をしているのかはわからない。


「じっちゃんの依頼は三条橋の女を見つけること。だが、本当は知ってたんだろ、彼女が、もうこの世にいないことを」

老人は何も言わない。だが、葉月はやめない。まだ、伝えなければいけないことがあるから。


「……じっちゃんだったんだな、人体蘇生薬に手を出した最初の人間は」
「…………お前、どこまで知ってんだ」
「ほとんど、全部」

知り合いがその発明者のこと知ってたもんでね。と言いながらへらりと笑った。

「じっちゃん、アンタは確かに強いさ。昔の大剣豪なんて、今でも腕は落ちてないはずだ」
「んなお世辞はいらねえ。それより、女はどうした?」


まあ落ち着けって、と紙を畳に置き葉月は真っ直ぐ老人を見た。


「三条橋殺人事件なんて伝説、勝ったのは侍。つまりはじっちゃんだ」


橋の上に倒れる女。普段なら、気にしない。だが、その時は違った。


「大剣豪ともてはやされようが、中身は人間。そこいらにいる奴と変わらない思想……つまりは恋だ」


そんな経験なかったんだろう。どうにかして、もう一度話したい。
どうにかして、笑って欲しい。

どうにかして、生き返らせたい。

そして、手を出したのが人体蘇生薬。


「もちろん女は生き返った。だが、元の姿じゃない」
「……俺は、自分を恨んだ」


ぐしゃりと自分の髪を無造作にかきむしり、老人は目を伏せた。


「剣しかなかった俺の、無様な男。大剣豪なんて言われようと、結局は惚れた女一人、守ることすらできねえ」
「……そんなことはない」
「お世辞はいいっつったろ」

顔をあげない老人。葉月は懐に手を入れ、一枚の紙を、取り出した。


「彼女からの最後の言葉だ」


彼女、と聞き顔をあげた老人。畳に置かれた紙をすっ、と滑らせ老人の前に。老人は、それを震える手で受け取り、表を、見た。


「“愛してくれて、ありがとう”」


ぽたりぽたりと、畳に染みを作っていく。老人の肩が震え、手にした紙を見つめた。


「人間に戻れなかった彼女は、じっちゃんを恨んでない。それが、万屋としての仕事の全部だ」


よいしょ、と立ち上がり老人に背中を向けた。老人は手で目を覆い、声を押し殺して泣いている。
葉月は長屋の戸を開けた。

外は、綺麗なほど澄んだ青空が広がっていた。
























(じっちゃんに向けた恋文)
(とびっきりの笑顔に、愛してるの言葉)
(惚れた女に、溺れた男の末路)

(もう、じっちゃんは大丈夫だ)




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