short/tales

□ふたりであるこう
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 09 X'mas



俺は困っていた。
まだ空も明るいうちから街は音素の灯りに彩られ、音機関は軽快なメロディーで人々の心を弾ませる。
ここがダアトならもっと厳粛な雰囲気の中で式典でも執り行われているのだろうが、あいにくこの街は単純にお祭り気分に浮かれていた。ユリアの聖誕祭、というのは名目だけで、その実は家族や恋人たちの祭日と化しているのだ。
手を繋いで歩く男女。親におもちゃをねだる子供。ショーウィンドウの向こうではパティシエが繊細な手つきでケーキを仕上げていき、その隣の食料店は最後の安売りに駆けつけた主婦たちで繁盛している。きんと冷える空気の中で、街行く人の顔は綻び、一方でどこか緊張したような、何かを期待するような独特の活気が満ちている。
聖誕祭の一月も前から街はこんな調子だったのだけれど、俺はというと今日、ここにきて、ようやくこのお祭りに参加しようとしている。そして困っていた。

お互いに仕事があるから、ということで、あまり大々的な約束はしないことにした。
仕事が終わったら俺の家で一緒にご飯を作ってささやかな晩餐、ケーキを食べてちょっといいシャンパンでも飲んでゆっくり過ごそう、とそんな計画だった。
しかし、問題が一つ。
プレゼントをどうすべきか。
街が活気付き始めた時期から頭の中にはあったし、知り合いに相談もしてみたのだが、結局何を買うかも決まらないままに今日を迎えてしまったのだ。
おまけに、この日は俺たちにとっては少々特別な日だ。俗に言う“一年記念日”というやつ。ちょうど一年前の今日はまだ皆で旅をしていて、雪の世界にいた。耳に痛いほどの静寂の中で、まあ半ば成り行きで、俺と彼女はその、あー、恋人同士、というものになったわけで、今日はそれからちょうど一年にあたる。贈り物には気を遣わなければいけないと考えつつ、はて一体何をあげればいいのか分からない。
陛下の心配りもあって仕事を早めに切り上げたその足でこうして繁華街に寄ったはいいけれど、考えはまとまらずいたずらに時間が過ぎていくだけ。

『ふむ、女性へ贈るならアクセサリーや香水が定番なんじゃないですか』

ジェイドはさして興味もなさそうにそう言った。
私に訊いても参考にはなりそうもありませんがね、と笑っていたが、なるほど確かに定番の贈り物だ。

『いっそプロポーズでもしたらどうだ』

ピオニー陛下はさも面白そうににやにやしながらそう言った。
いやいや…自慢じゃないが、一年付き合ってようやくちゃんと手を繋いだり、もうちょっと先まで出来るようになったというレベルだ。冗談にしてもハードルが高すぎます、と伝えると『さっさとやることやっちまえ。それが一番だろう』と更ににやけた顔で返された。

『そうですわね…両手いっぱいの花束、なんてロマンチックでしてよ』

陛下の遣いで書状を届けに行った際、ナタリアは目を輝かせてそう言った。
一時はなるほど、と思ったが、よくよく考えてみると彼女は王族。幼いころから周囲の人々にありとあらゆる贈り物をされてきた身だからこそ言える意見なのだろう。

『どー考えても貴金属でしょ!宝石もいいかも〜』

同じく書状を持ってダアトを訪れると、アニスは自信満々にそう言った。
何日にも渡って行われる神聖な式典の準備に追われながらも、頭の中は相変わらず守銭奴のようで『いざとなったら換金できるしね!』なんて現実的なことを言っていたっけ。
一緒に買いに行けばいいんじゃない?とも言われたが、あいにく俺と彼女の都合は合わなかった。

『いっそ、リクエストをきいてみたら?何がほしいのかって』

ティアは『ぬいぐる…いえ、なんでもないわ』と何か言いかけた後、口を覆ってそう言った。
そうしたいのはやまやまだが、俺の恋人は割りと鼻の利く方だからいくらさり気なく聞いてもきっとすぐ勘付かれる。それで気を遣わせるのは忍びないし、そもそもこういう時は彼女の喜ぶ物をサプライズで渡してあげたいというもので、結局今日までプレゼントの話題なんて出せないまま。昔の自分ならもうちょっとスマートに動けたはずなんだがなあと悩んでみても何にもならない。
 
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