performance
□試合申し込み
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「黒子、伊月と水戸部は?」
急にかけられた声に、黒子はピクリと反応してゆっくりと振り返る。
「ああ、花宮先輩。それにテツナ。」
「伊月と水戸部は?」
再度そう問われ、黒子は少し考えるような仕草を見せる。
ハッ、と何かを思い出したように顔を上げると、黒子は花宮の目をしっかりと見てこう言った。
「自販機がたくさんある場所ありましたよね。あそこに行く、と言っていましたよ。」
「そうか。お前ちょっとついてこい。」
「わかりました。」
近くにいた桜井と灰崎に「ちょっと行ってきます」といい、黒子は花宮の少し後ろを歩いていく。
「何かあったんですか?」
「試合の申し込み。」
「そうですか。」
短くそれだけを言われ、黒子と花宮の間には沈黙が続く。
そういえば、と黒子は何かを思い出したようで、花宮に「あの、」と声をかける。
「あ?」
そう返され、少しだけ言葉に詰まる。しかし、黒子は「ひとついいですか?」と言って言葉を続ける。
「誠凛の7番の人・・・日吉さん、でしたっけ?」
そこまで言うと、花宮は少し眉間に皺を寄せる。
「木吉、な。」
「テツ君、名前くらいちゃんと覚えないと。」
「あ、そうでした。その人の膝壊したっていう話・・・。」
「本当だよ。」
黒子の話を中断させ、花宮は目を細めてこう続ける。
「俺は捻くれ者だからな。マジメちゃんとかイイコちゃんは嫌いなんだよ。」
「・・・そうですか。」
花宮からはこれ以上は語られないだろう。そう推測した黒子はそれ以上話を続けようとはせず、「そういえば、この合宿所ってかなり豪華ですよね」と話題を変えた。
「そうだな。バスの中で実渕が言ってたけど、赤司が父親にワガママ言ってここにしてもらったらしい。」
「そうですか。流石赤司君、ですかね。」
「だな・・・お、ついた。」
喫煙所、と書かれたガラス張りの部屋の中にいる男性監督陣には目もくれず、「伊月ー、水戸部ー。」と、いるであろう二人に声をかける。
「花宮?」
返ってきた声は、予想通りの伊月の声。
「ちょいいいか?」
「うん、いいよ。」
伊月が立ち上がり、隣に座っていた水戸部も頷いて立ち上がる。
二人は自販機で買ったと思われる飲み物を手に持ち、黒子とテツナと花宮の少し後ろを歩く。
「どこに行くんですか?」
「ん、誠凛のトコ。」
さも当たり前だというように、花宮は軽く返す。
誠凛、というワードが聞こえると、3人はピタリと立ち止まる。
「な、なんで・・・?」
伊月が焦ったように花宮に問う。
自分は、元は黒子や水戸部に危害を加える側であった。誠凛のメンバーから見れば、自分は最低な裏切り者なのだ。
黒子は震えだし、水戸部も俯いてギュッと握った拳を震えさせる。
「黒子にも言ったが、試合の申し込みだ。勝つんだろ?」
ニヤっと笑う花宮。
伊月はハっとしたように顔を上げる。
そうだ、俺は可愛い後輩と頼りになる同輩を守るんだ。ごめん、と二人に謝ったあの日にそう胸に誓ったじゃないか。
『俺、怖かったっ・・・確実な証拠なんて何もなくて、でもお前等のこと信じたくて・・・それでも、日向達に嫌われんのが怖くて・・・。だから、守れなかった。水戸部みたいな勇気がなかった。ホント、ごめん!ごめん、黒子、水戸部。』
あの日に言った言葉が脳内で再生される。
ホント、俺はヘタレなんだから。
「そう、だな。そうだよな!」
多少無理やりだが、伊月は笑みを浮かべた。
「そう、ですね。勝つんでしたね。」
『今までごめんね。ここだけの話、白鷺さんのお父様は権力者でね・・・。大人の事情があって、表だって味方することができなかったんだ。これから、避難場所としてここを使ってくれて構わないよ。私はこんな老いぼれだから何もできはしないけれど、君たちの相談に乗ることはできるから。』
『黒子、伊月先輩、水戸部先輩!たとえ先輩たちに誠凛に戻ってくる気がなくても、俺、誠凛変えます!先輩達が戻ってきたとき、笑って過ごせるような・・・そんな誠凛に、俺が変えてみせます!!確かに俺は頼りないけど!!俺は俺なりに、誠凛を変えます!!』
退部届を出した日の武田先生の優しい声と、転校してから初めて会った降旗君の力強い声が再生される。
ああ、武田先生は一体どうしているんだろうか。
合宿には来ていなかったが、元気なのだろうか。
降旗君は浮かない表情をしていたが、大丈夫なんだろうか。いじめられていないだろうか。
僕等が転校して、誠凛で孤立しているんじゃないだろうか。
「誠凛で戦ってくれている先生もいますし、降旗君もいます。」
僕は確かに微笑み、二人の笑顔を思い浮かべた。
「勝とう、俺たちで、霧崎第一のみんなで、誠凛に。」
珍しく水戸部も声を出してそう言う。
「私は皆さんと一緒に試合に出る事は出来ませんが、皆さんが動き易い様に精一杯サポートさせて頂きます。」
にこりとテツナが笑いながら言う。
「それじゃ、行こうぜ。誠凛のミナサマがいらっしゃるところによ。」
“悪童”がそう言うと、4人はコクリと頷いた。