The book

□帝拳援団紳士録
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 今日も青空の下、男どもの低い声がうなりをあげている。学ランの厳つい野郎たちの群れは、毎日雨天の日を除いてこの屋上でたまりにたまるのである。
「なぁー、こいつら何の為に練習してんだよ?」
 鈍い金髪の小柄な男は半ば耳を押さえながら隣の相棒に愚痴をたらす。
「春高バレーの為らしーぞ。なんでもよー、都大会で準決勝まで残ったらしーんだよ」
 たばこ片手にぼんやりと空を見上げながら、元応援団長は不思議と嬉しそうな笑みをもらした。
 この男。姓を武藤、名を章圭といい、右目の下に鋭い傷痕をもつ帝拳高校にふたり存在する留年組のひとりであった。
 春のボクシング部の応援以来、援団を離れていた武藤であるが、時期団長を決めるべく最近重い足を引きずりながらもこうして援団の面倒を見ているのである。
「で、決まったワケ?時期団長わ」
 留年組いまひとりの大橋英和は腐れ縁ながら武藤に同行し、不貞くされた表情で相棒に問うた。
「俺が決めることでもねーと思うんだけどよ。伝統らしいから、一応ケジメだけは着けとかねーとな」
 それにはあまりこだわりたくない、という顔で武藤はガッチリとした身体を柵にもたれかけた。
 自分を団長に任命したのはいまや伝説の留年王となった輪島さんで、別にこれといって異議を唱えるものでもなかった。何も悩む必要はない。決めてしまえばあとは卒業をするのみで、援団との関係はほぼなくなるのだから。卒業出来れば、の話であるが。
「大橋、おまえさ…帝拳出たいと思うか?」
 突然の武藤の意外な質問に大橋は素っ頓狂な声で対応した。
「おまえ!また留年するつもりか?」
「いやよー…楽じゃねーか、こうしてっと。輪島さんが何年もいた気も、なんかわかるような」
「輪島さんは好きでいたワケじゃねーだろ」
 大橋は呆れた声で紫煙を空に浮かべた。そうは言ったものの、武藤の気持ちがわからないわけでもない。確かに学生でいるうちは楽なことも楽しいことも多い。
 だが、いつまでもそうしていられるはずもなかった。
「…就職、どうなりそうだ?」
「…聞くな」
 苦そうに口元を歪めると大橋はダミ声という騒音に耳をふさいだ。



「武藤さんっ」
 放課後、廊下で呼び止められた武藤は、冷えた空気の中で足を止めた。
「おまえ…誰だっけ?」
「援団の川益っスよお。覚えてないんスか?」
「あー、川益。なんだ、話か?」
 川益は武藤より少し低い視線で元団長を見上げていた。切長で二枚目ぶりな顔つきは武藤とは程遠く、援団のイメージにも程遠い。
「今度の日曜、予定とかありますか?」
「あん?デートの約束は今んとこねーけどな」
 こんなところで強がってみせても何もなりはしないが、とりあえず武藤は冗談ぽく後輩に返事をした。
「そうスか!あの、団員みんなで話し合った結果なんスけど、今度の準決勝来てもらえないスか?」
 突然過ぎる申し出に正直面をくらった。既に引退をした自分は部外者同然で、こんな誘いがあるとは思ってもいなかったのである。
「ダメっスか?晴れの舞台で時期団長を決めてもらおうと思ってたんスけど…」
 申し訳なさげに川益は息を吐き出した。どうも断われる雰囲気ではない。
「あぁ、わかった。市民体育館だったな」
「は、はいっ。よろしくお願いします!」
 返事を聞くと川益は一礼をして廊下を駆け抜けていった。
「粋なことしてくれるぜ、まったく」
 武藤は独語してわずかに頬を弛めると、肌寒い廊下を後にした。



 日曜日は快晴。館内競技であるバレーボールには関係のないことだが、それでも気持ちは嬉しくなるものである。
「で…、何でおまえらまでココに来てんだよっ!」
「だって俺らもイチオー帝拳ですし」
「そう怒鳴るな、武藤。似合ってんじゃねーか、それ」
 久々に白い鉢巻きを巻いた武藤に太尊がなだめるようにそう言った。悪い気はしないが、若干恥ずかしくもある。
「気合い入れてけよ、武藤」
「ったりめーだ」
 応援団とはその高校の覇気を象徴するもので、試合にも少なからず影響を及ぼすものである。たとえそれが直接、選手の耳に届いていなくとも。
「おぉしっ!てめーら、明日に声が出ねーでも後悔すんじゃねーぞ!」
「押忍っっ!」


「2セット終わってタイか。奇跡だな」
「だいたいウチがここまでこれたのが不思議でならねーよ」
 セット間になんとも言えない会話が武藤の耳に届く。

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