小説(long2)

□ハルカ、カナタ 第2章
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もともと、案山子のやっている道場も、佐久茂が始めたものだ。
剣豪として名が知られ、彼の教えを請うために県外からも多くの門下生が道場に足しげく通ってい
た程らしい。
佐助は実際には会ったことはないが、その評判は道場に通うようになる前から耳にしていた位だ。

畑佐久茂という男はその剣術の腕もさることながら、とかく面倒見の良い男で、弟子達にも随分と
慕われていた。と、同時に、村人からの信頼も厚く、村の寄り合いなどでは中心的な役割を担うこ
とも多かったと言う。

かく言う案山子も、現役の頃は全国区の大会の常連だった程の腕の持ち主だ。
普段の姿を見ている限りでは正直信じられないことではあったけれど、実際、道場の片隅に飾られ
た賞状やトロフィーのリボンにはいくつも案山子の名が入っている。

そして、父親と同じように案山子は随分と若い頃から、村で何かあれば必ず引っ張り出されていた。
本人はその度に散々に文句を言ったりしていたのだが、結局は全て引き受けていた覚えがある。

『ま、仕方ないんだよねぇ・・・』

案山子はいつも、どこか諦めたようにそう言っていた。
余りに近くにいたために、深く考えた事はなかったが、そう、・・・それは案山子が何か重大なこと
を知っていたからではないのか・・・。

そう考えれば、先ほどの疑問にも納得がいく。


案山子は黙った、まま。
佐助はゆっくりと視線を逸らす。

「俺は・・・」

そういうんじゃ、ない・・・。
佐助はそう言って、何度も首を振る。

自分でも認めたく、ない。
そしてそれを、案山子には触れて欲しく、ない・・・。

けれど、案山子はそんな佐助に僅かに眉を顰めつつ、そっと息を吐く。

「でも、お前はここに、来た・・・」

それが、答えだ。
そう言って案山子は、社殿のある方角を仰ぎ見る。

「俺もちゃんと見て確認した訳じゃないが・・・、恐らく、“祠”はダメだ・・・。完全に、土砂に埋まっ
てる・・・」

“九尾の封印”は解かれた−−−。


佐助は目を見開き、そして、食い入るように案山子の顔を見つめた。
それを受け止め、案山子は僅かに笑う。

「なんて、ね。安心しろ、佐助。ただの言い伝えだろう?村にもその後、何も起こっちゃいないさ」

そう言って、案山子は首を竦める。

「ま、心配なら自分の目で確かめてくればいい。でも、まだ地盤も緩いからな。無理には近づくな
よ」

それだけ言うと、案山子はさっさと踵を返してしまう。

「案山子っ・・・」

佐助は咄嗟に叫んだ。
けれど、その後の言葉が何も浮かんでこない。
そんな佐助に、案山子は僅かに振り返る。

「気がすんだら、家に来な」

そう、短く言って案山子はひらひらと片手を振る。
そして、佐助がそうして入ってきたように、鳥居に張られたロープを軽々と飛び越え、姿を消した。

佐助はしばらくその場に立ち尽くした。
そして、今度こそ逃げることは叶わないのだと、深く溜息を付いた。



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