小説(long2)

□ハルカ、カナタ 第1章
2ページ/6ページ

佐助は身を乗り出して、伊館の顔を覗きこむ。

『木隠れ神社にはかつて、ちゃんとした神主がいたんだ。それもつい十年程前まで、ね』

『え?でも、・・・神主さんは今もいるでしょう?』

佐助は即座にそう問い質す。

木の葉村では、村人が一年毎に持ち回りでその職に就く。
神主となった者は、その一年は神社への奉仕、つまり定期的な清掃や見回りを行う。そして、夏祭
りにはその責任者として祭りを取り仕切る・・・。

とは言え、祭りそのものは実際には村の商店街が中心となって組織的に執り行っているため、神主
の仕事と言えば祭りの始まりに形ばかりの祝詞を上げることくらいだ。
今年は確か、奈良薬局のおじさんだったと、佐助は思い出す。

『そう、今の木隠れ神社では代々木の葉村に住んでいる人達の中から当番制でその役割をしている
ね。今の時代、それも珍しいことだけれど・・・』

神主と言えば、今では専業の神職を意味することが多い。しかし、木隠れ神社は昔から村人がその
役割を担ってきた。

『けれど、ほんの少し前までは違ったんだ。木隠れ神社の神主は、“特別”に選ばれた人だけがな
れるものだった。そして、一度選ばれたら次にそれに相応しい人が現れるまで、何年も、何十年も
その役に就いていたんだ』

そして、その者は同時にある称号を受け継いでいた。それが、

『“火影”だ−−−』

伊館の言葉に、佐助は心底驚く。
これまで伊館の話を聞いていて、どこか身近に感じるようになったその存在。けれど、それでも
やはり、あくまで“伝説の英雄”だった。
それがつい十年程前まで実際に受け継がれていたなんて話は、聞いたことがない・・・。

『確かに、このことは村でもある程度の人でしか知らなかったことのようだ。あの祠のことのよう
に・・・』

伊館はそう言って、佐助を見やう。

『神主とは表向きのことで、本当はその人が“九尾の封印”を守る使命を受け継いでいたんだ。
“火影”の名を継ぐ者として、ね・・・。そして、団扇は・・・』

団扇はその“火影”を守る為にあった一族−−−。
それが本当の、使命。

『団扇はずっと、“九尾の封印”を守る“火影”を守ってきた。けれど、・・・今の木の葉には“火影”
の名を継いでいる者はいない・・・』

そして、本来その“火影”の役割であったものを、団扇が継いでいる。

『どう、して・・・?』

そう呆然と呟く佐助から、伊館は僅かに視線を逸らせた。


『十年前、佐助が生まれてしばらくした頃のことだ。この辺りで大きな地震があった。といっても
そのことで大きな被害が出るほどのものじゃなかった。それでも、この辺りでは滅多に地震なんて
なかったから、ね。皆、随分と驚いた。それに、タイミングも悪かった・・・』

それは丁度、夕飯時に起こった。
そのため、台所で火を使っていた家が多く、その一つから火の手が上がり、瞬く間に広がってしま
った。

『木の葉村には今でも、ちゃんとした消防施設がないだろう?小さな村だし、何かあれば近くの町
から駆けつけてくることになってる。けれど、その時は丁度地震の直後だったから・・・』

対応は遅れて、気付いた時にはその辺りには誰も近づけない状態だった。
そんな中で一人だけ、逃げ遅れた住人を助けようと火の海に飛び込んでいった者が、いた。

『その人が、当時の神主、“火影”だった。まだ若かったけれど、稀に見る人格者で村の人達から
も随分と慕われていた人だった。そして、その人のお陰で何人もの人が助けだされた。けれど、・・・
それと引き換えに、彼は命を落とした・・・』

伊館はそう言って、そっと目を伏せた。



次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ