小説(long2)

□ハルカ、カナタ 第1章
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電車を乗り継ぎ、村近くの駅に辿り着いたのは既に夜の9時を過ぎていた。
村まではここからさらにバスで1時間以上。
しかし、そのバスの最終も既に終わっている時間だった。

普段の自分ならば、こんな後先考えない行動など絶対にしなかった。
少しだけ冷静さを取り戻し、佐助は大きく息を吐く。

とりあえず、このまま立ち尽くしている訳にもいかず、駅前の名ばかりのビジネスホテルに部屋を
取った。
荷物をベッド脇に放り投げて、直ぐに狭いバスルームに入り、頭から水を被った。


(行って、どうしようってんだ・・・)

自分に何が出来るというのか。
確かめるだけならば、電話でも何でもよかったのだ。

やはり、明日の朝一番の電車で帰ろう。
今なら引き返せるのだから・・・。

そう心に決め、備え付けのバスタオルで無造作に頭を拭う。
ふと顔を上げれば、真っ青な自分の顔が鏡に映っていた。それを見た途端、一気に疲れを感じた
佐助はバスルームを後にして、そのまま固いスプリングのベッドに倒れこんだ。



(ここは、どこだ・・・?)

佐助はゆっくりと首を動かす。
積み上げられた大量の箱や書物、そして、巻物の類・・・。
それがゆらゆらと揺れるロウソクの炎に照らされている。

『佐助、どうした?』

突然掛けられた、声。それは、・・・。

『伊館(イタチ)兄、さん・・・?』

そう、発した自分の声はやけに、高い。
まるでそう、子どもの声だ。
そのことに疑問を覚えつつも、大好きな兄の姿を探す。

『伊館兄さん、どこ?』

さっきまで手を握っていてくれたのに。
段々不安に、なる。
辺りを見回して、ようやくそこが団扇の屋敷にあった地下室だと気付く。
少しだけ、ホッとする。

『こっちだよ』

声のする棚の方へ、佐助は慌てて駆け寄る。

『こら、走ったら危ないだろう?いなくなったりしないから、ゆっくりとおいで』

易しく返される声。けれど、・・・。

(嘘だっ・・・!突然、いなくなったくせにっ。俺を置いていった、くせにっ・・・)



「え?・・・」

佐助は思わず目を見開く。
そうだ、伊館はもう、いない。

伊館だけでは、ない。父も母も、いない。死んだのだ−−−。
そう、団扇家はもう、ないのだ。

佐助はゆっくりと、瞼を閉じた。



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