小説(long2)

□ハルカ、カナタ 第7章
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第7章-1


「伊館さん、どちらへ?」

何も言わずに部屋を出ていこうとする伊館に、男は溜息混じりに声を掛けた。
もともと伊館は口数も少なく、感情を表に出すこともない。
それでも仕事のパートナーとしては十分に優秀だし、下手に煩い人間よりは静かな方が男も楽だっ
た。

が、最近の伊館は余りにも寡黙すぎる。
それに、今のようにいつの間にか姿を消してしまうことも度々あった。

確かに、ここ最近の自分たちの仕事と言えば、片田舎にある木の葉村という小さな村の監視だった。
常に何人かの部下を使って様子は探っているが、今のところロクな報告は上がってきていない。
それは余りにも退屈な仕事の上、伊館は別の理由で下手に動くことすら出来ないのだ。


実は、木の葉村は伊館の故郷でもあり、15歳まで育った場所だ。
が、伊館はその木の葉村に近づくことを極力避けている。

それを知ったのは三年程前。
男は今と同じように伊館と二人、木の葉村でちょっとした仕事をしなければならなかった。その時、
その理由を伊館本人から聞かされた。

伊館は木の葉村では失踪したことになっているのだと言う。
その理由までは語らなかったが、どうやら意図的にそうしたらしい。
だから、伊館は自分の存在を村人たちに知られたくないのだと言った。
が、その時はどうしても伊館という存在が餌として必要だった。だから、細心の注意を払ってわざ
わざ夜を待って動いたのだ。

その時のことを思い出し、男は苦笑する。

(っとに、ボスもそれをわかっているんでしょうから、こういうことは私達じゃないメンバーに任
せればよ良いものを・・・。それを変な腹の探り合いみたいに、ねぇ・・・)

男は思わず心中で愚痴を漏らす。
とは言え、それなりの報酬を貰っての仕事なのだから文句を言うつもりはなかった。
それでも、・・・。

男はチラリと伊館を見やう。
伊館は無表情のままドアの傍らに経っていた。
視線が合うと、伊館は僅かに口を開いた。

「鬼鮫・・・。お前には、感謝している・・・」

「はい?私、あなたに感謝されるようなこと、しましたかね・・・?」

そう言って、ふと思い出す。

「あぁ、あのこと、ですね・・・」

恐らく、伊館は例の弟の件を言っているに違いない。その時は少しの動揺も見せなかった伊館だが、
やはり思うところはあったらしい。

確かに自分も、何故伊館にだけそれを伝えたのか・・・。
いや、別に深く考えた訳ではない。雇い主を裏切るつもりもなかった。
報告などいつでも出来るし、・・・そう、それよりも伊館の表情が変わるのをゆっくりと見てみたか
っただけなのだ。

だから、男は、鬼鮫は伊館の珍しい言葉に満足した。
が、僅かに口に端をあげる。

(私に感謝、とは・・・。参りましたね)

これでは、改めて報告することも出来なくなってしまった。
そう、伊館はそれを前提として口にしたのだろう。

(食えない人、だ・・・)

けれど、そんな伊館のことを鬼鮫は意外と気に入っていた。

「仕方ありませんね。どうぞ、いってらっしゃい。あぁ、お土産は押ししい日本酒でもお願いしま
すよ」

たまには一緒に飲みましょう。
そう言った鬼鮫に伊館は無言のまま頷き、そして闇へと溶け込むように消えていった。



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