小説(long2)
□ハルカ、カナタ 第2章
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第2章-1
佐助は息を吐き、再び石段へと向う。
僅かに見え始めた石鳥居。その先からが『木隠れ神社』の境内になる。
ここまで来てしまったのだ。
(もう、引き返せない−−−)
半ば諦め気味に、佐助は徐々に高くなる太陽を背に、最後の石段を昇った。
台風の名残りなのか、足元にはまだ落ちるには早い緑の葉が絨毯のように広がっていた。
それを踏みしめながら、佐助はゆっくりと鳥居の前に立つ。
その鳥居には大きな×印のようにロープが張られ、その中心には“立入禁止”の札がぶら下がって
いた。
恐らく、土砂崩れの影響でそういう措置が取られているのだろう。
けれど、それは佐助にとっては好都合だった。
もし、神社に村の人達が大勢駆けつけているようであれば、それを避けて脇道から裏山へ回るか、
それが出来なければ夜にでも出直すしかないと思っていたのだ。
佐助は少しだけ助走をつけると、ふわりとそれを飛び越え、静かに境内に足を踏み入れた。
鳥居の先には再び僅かな石段。それを昇れば社殿までは真っ直ぐな参道が続く。
それを見上げた佐助の背後から、突如声が響いた。
「こらこら。“立入禁止”って書いてあるんだからさぁ、正面から堂々と入ってくるのはどうかと
思うのよ。・・・ま、お前らしいっつやらしいけどねぇ・・・」
簡単に飛び越えてくれちゃって、ホント嫌味なヤツだなぁ・・・。
それは、聞き覚えのある声。
佐助は眉を顰め、俯く。
「っとに、相変らず冷めてんのね。久しぶりだって言うのに、恩師の俺にも挨拶なし?」
「誰が、恩師だっ」
思わず振り返って叫んでしまってから、佐助は慌てて片手で顔を覆う。
(よりによって、案山子(カカシ)、か・・・)
目の前には覚えのある銀髪、そして、左目の傷・・・。
畑、案山子−−−。
佐助が小学校5年から通い始めた剣道道場の師範代だった。
そして、思わず否定はしたものの、ある意味佐助にとって案山子は“恩師”だった。
家族を失い、自分の殻に閉じこもってしまった佐助に、引き取ってくれた親戚も学校の担当教師も
皆、お手上げ状態だった。
そんな中、無理やり自分の道場に通わせて、あれやこれやと面倒を見てくれたのが案山子だった。
その後、佐助が普通の生活を送れるようになったのは、確かに案山子の存在が大きい。
だが、だからと言って案山子と佐助が仲が良いかと言われれば、それははっきりと否定できる。
案山子は黙って立っていればそれなりにいい男だし、性格も穏やかで人当たりも良い。
多少、マイペース過ぎて時間にルーズなのが玉に瑕、ではあったが、それでも周りの人間からは意
外と頼りにされていた。
けれど、佐助にとって案山子はどこか掴みどころがなく、不気味な存在でもあった。
決して一筋縄ではいかない相手。
そんな案山子に翻弄され、悔しくて張り合ってる内に、いつの間にか佐助は道場に自ら通う羽目に
なっていたのだ。
結局、それは案山子の思う壺というヤツで、佐助にとっては認めたくない事実、でもある。
けれど実際、佐助はそんな案山子に救われていたし、どこかで頼りにもしていたのだ。
だから、口には出さないけれど、感謝はしていた。
それに、そう・・・。道場に通っていたからこそ、誰よりも先にアイツと出会えた・・・。
そのことを思い出した途端、再び心臓がズキリと痛む。
そう、だからこそ、案山子とは出来れば会いたくなかったのだ。
自分のことをよく知っている人間。そして、・・・。
(アイツのことも、よく知ってるから・・・)
佐助はギュッと両手の拳を握り締めた。
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