小説(long)

□一片に、舞う 第4章
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第4章-1


両開きの扉が開かれると、男の目の前には今まで通ってきた狭い窟道とは一転した広い空間が
広がる。
しかし、高い天井からは柔らかそうな布が幾重にも垂れ下がっており、灯りも所々にしかない
ため、男の視線は奥まで届かない。
それでも、僅かに覗く両の壁には、渦のような模様が所狭しと描かれているのが見える。

男を案内してきた教団幹部はその場にうやうやしく片膝を付き、頭を垂れる。
それに習い、男も同じ動作を取る。
決して強制された訳ではないが、こういった場合、相手のしきたりに合わせるのが最も得策な
のだと、男は心得ていた。

それに、男はこういったことが苦ではない。
むしろ、本来の彼は基本的には礼儀を重んじるタイプなのだ。


その部屋はしんと静まりかえっている。
けれど、人の気配は確かにする。
それも一人ではない。恐らくは、彼女の護衛を務める忍が何人か、この場で気配を殺しつつ、
男の動きを捉えているのだろう。
しかし、・・・

男はその滑稽さに思わず笑みを漏らす。
何故なら、もし、自分が今この場にいる全員を殺そうと思えば、出来ないことではないのだ。
そう、その力の差は歴然。
此処にいる忍が束で掛かってきても、いざとなれば男を止めることなど出来ないだろう。

それを理解しているのは、かつて忍であっただろう者と、そして、彼女くらいのもの、か・・・。
だからこそ、自分はこうして何度もこの場所に迎えられているのだ。
そんなことにも気付かず、自分を蔑むように見つめているであろう愚かな者達に、男は同情す
るしか、ない。
まぁでも、ある意味幸せだろうと、思う。


無知とは本当に幸せ、だ。
例え、それが唯の自己満足であろうとも、彼らはそこに自分の存在意義を見出しているのだ。
彼らにとってそれは、生きる、意味。
それを信じたまま死ねるのならば、彼らは本当に幸せだろう。

そう思えば、男にとってこの場所はそれ程嫌な場所ではない。
煩わしいと思うが、いつでも壊せると思えば、それは男にとっては優越感でしか、ない。
この教団は、所詮自分の手の内にあるのだ。
自分の好きに出来る駒があるということが、これ程心地いいことなのだと、男はやっと気付く
ことができたのだ。
使われることに慣れすぎた男にとってそれは、初めての支配欲でもあった。


ようやく聞こえた、僅かな布ずれの、音。
どれ位こうしていたのだろうか。いや、実際にはそれ程時間は経っていなかったが、自分の中
にいるあの人は、きっと随分と焦れたことだろう。
己のものであるはずの片腕が、男の意志とは関係なくビクビクと痙攣を始めていた。
それをもう片方の手でそっとさすり、宥めながら、その存在を確かめる。

それだけで、とても気分が良い。
だから、今日のところは大人しくしておいてあげようと、男は笑みを浮かべたまま一層深く頭
を下げ、彼女を迎えた。

傍らで跪き、同じように深く頭を垂れた教団幹部が、おもむろに口を開いた。


「薬師カブト様が、お見えになりました」

ゆっくりと再奥の布が捲り上げられる。

「ようこそ、いらっしゃいました」

そこに、彼女の小さな声が、響いた。



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