緋色の書簡
□梅雨
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梅雨に入り季封村でも、不安定な天気が何日か続いた。
だが、この日は久しぶりに太陽が雲間から顔を出した。
それも、朝からきちんと、青空が見えるほど。
それのせいなのだろうと、拓磨は結論づける。
梅雨
別にいつも、折りたたみ傘をカバンに入れているわけではないのだが、この時期は別……の、ハズだった。
だが今も、彼の目の前では雨が降っていた。
――…油断した…。
先程からその言葉しか頭に思い浮かばず、拓磨はある一角で雨宿りをしていた。
よく見ると、彼の赤みを帯びた髪と制服のシャツは、幾分だけ水気を含んでいた。
髪は額と頬に張り付き、ほんの少しだけ水滴が、張り付いた髪の先などから頬をつたい、顎へ辿り着く。
シャツは一度脱ぎ、ぞうきんのように絞って、また羽織ったのだが、それでも少しだけ肌に張り付いていた。
ことは数十分前に遡ることになる。
いつものように、珠紀と下校しようとしたが、彼女は急に先生に呼び出された。
そのため拓磨は、教室で待とうとしたが…。
『拓磨は先に帰った方がいいよ。天気が崩れてきたし…』
そう彼女がちらりと、窓を見た後でそう拓磨に告げた。
確かに窓の外を見ると、その空は朝と違ってどこかどんよりとしており、厚そうな黒灰色の雲がもくもくと漂っていた。
『それなら、尚更…』
『私のことはいいから、先に帰った方がいいよ。
学校から拓磨の家は私より遠いし…。それに途中で雨が降ってきて、そのせいで風邪をひかれたら嫌だし…』
拓磨の申し出を遮るように、珠紀は口早にそう言った。
その気遣いに拓磨は苦笑した。だが、こればかりは譲れないとある条件を出した。
『…10分だけ待つ。それでも、おまえが教室に来なかったら帰る』
そう言うと、珠紀は苦笑を浮かべて、わかったと言って教室から出ていった。
あれから、瞬く間に10分経ってしまい、拓磨は珠紀との約束通り自分のカバンを持って下校した。
だが、彼の自宅への最短距離ではなく、いつも珠紀を神社へ送る道を歩いてしまったのが、間違いでもあったのだろう…。
「…慣れってのは、恐ろしいもんだな…」
ふと、苦笑が漏れる。
鬼斬丸を完全に封印し、それに行き着くまでの間にいろいろとあり、それらがきっかけとなって、拓磨と珠紀はお互いに惹かれ合い、今では学校でも守護者の中でも公認のカップルになった。
それからは、常に登下校は一緒になった。
たまに下校時だけは、今日のようにどちらかの都合によっては別々に帰るのだが、ほとんどと言ってもいいほど、二人は一緒だった。
無事に進級して、偶然に二人は、また同じクラスになったことも理由に入るかもしれないが、ただそばにいたかった。
ただそれだけだ。
そこで、拓磨は気付く。
習慣からではなく、もしかしたら、途中で珠紀に会えるかもしれない。
その望みがあったからこそ、わざわざこの道を選び、いつもより少し歩調を落として歩いたのではないだろうか。
(ホントに、どうしようもならないくらい、俺は……っ…あー…。なんつー、女々しいことを…。…けれど)
そういろいろと考えながらガシガシと、拓磨が頭を掻いた直後。
「――拓磨?」
珠紀の声が聞こえた。
拓磨は声が聞こえた方へ顔を上げ、視線を向けると、傘をさした珠紀がそこにいた。
拓磨がここにいることに驚いたのだろうか、もともとクリッとした円らな瞳が、これでもかというほど大きく見開かれていた。
そんな珠紀の顔を見て、拓磨は苦笑を浮かべた。
「…なんつー顔してんだよ、珠紀」
そう言って笑うと、はっと我に返った珠紀は、拓磨のもとへ駆け寄った。
「どうしてこの道に……それより、傘は? …うわっ、カバンの中が〜…」
拓磨に質問攻めする一方で、自分のカバンからハンカチを出して、それを拓磨の顔や髪の毛の水を取り、拓磨のカバンを奪い取るなり、許可なく勝手にカバンの中を漁りだした。
だが、目的の物よりも前に、拓磨のカバンの中の惨状に顔を曇らせた。
「……忘れた」
そう拓磨が申し訳ないとでも言うように、ぼそりと言うと、珠紀は眉をひそめて拓磨を見た。
「……は?」
(…なんとまあ、まぬけた声を出すんだ。おまえは…)
「だから、傘。家に忘れたんだよ」