短編

□珈琲
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そしてその道の真ん中に佇む一人の少女だった。


少女は腰まである髪をそのままたらし、真っ白なワンピースを着ている。それが背景の黒によく映えている。


道は坂道になっているのか途中からは見えなくなっていて上に黒があるだけだった。ちょうど、坂道を登るときに坂と空が見えるような具合だ。


「これは?」


「道よ。」


「この道の先には何かあるの?」


「道よ。」


最初と同じような調子で答えた彼女は、黒をより黒く塗っていく。まるで、闇のようで、見ているとこっちがのみこまれていくような錯覚に陥った。クラっとする頭を覚ますように首を左右に振ってから、もう一度絵を見る。


「じゃあこの後ろは?」


「後ろ?」


「この子の後ろには何かあるの?」


「…道よ」


彼女は、答えてから少し悩んだ後に手を止めて筆をおくと、もう渇いた道の上を指でなぞる。細い指には無数の色が付いている。奇麗な指だ。細くしなやかで、その行動にさえ、甘美な憂いを感じさせる。


「傷と海と花のある道があるわ。」


「傷と海と花?花が咲いているのはわかるけど、なんで傷と海?」


そもそも、道に海があるとは言わないだろう。海岸沿いでもなければ道から海はそう簡単に見えない。


彼女は、また少し考えるように視線をさまよわせた後、そっと少女を指先で触れ、僕のほうをゆっくりと振り返った。


その表情は、たくさんの感情が入り乱れているようで、捉えがたい表情をしている。


「人は、傷つけあって生きていくわ。でも、生まれてきたのは偉大なる海という、同じ場所よ。そして、幸せという感情が生まれた証として、気持ちの一つ一つが花として咲くの」


すっと視線を道に戻した。あるいは、少女に、か。


「そうして、通ってきた道であればいいと…」


彼女が言っていることはときどき僕の頭では理解不能になる。いや、分かるのだけど、理解しているのだけど、でも不確かなのだ。


明確なものが彼女の言葉をきいても僕の中では生まれてこないことが多い。それが時々彼女と僕の距離のように感じてどうしようもなくもどかしくなる。


「傷がある道なんて、悲しいね」


「そう?私は、傷のない道より、傷のある道の方が美しいと思うわ」


「…なぜ?」


「人は誰だって、傷ついて傷つけて日々を送るわ。たぶん、振り返って傷のない人はいないんじゃないかしら?ただ、その傷の深さは人それぞれだけれど」

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