了ヒバの部屋

□冬のコアラ −だいすき編−
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「ヒバリ!差し入れだ!」
ノックもなしにズカズカと入ってきたのは笹川了平だ。この男は何度言っても聞きやしない。
「何度言ったらわかるんだい?いや、何度言ってもわからない君の頭をかち割って覗いてみたいよ」
「何を言うか。俺とヒバリの仲ではないか。遠慮はいらんぞ」
それは遠慮なく頭をかち割ってもいいということだろうか。
「それで、何の用?」
了平との会話は疲れる。嫌ではないが、生気みなぎる了平と話しをするのはこちらも相当なパワーが必要なのだ。
「だから差し入れだと言っている。何度も言わすな」
それを君が言うか。
大きく脱力する。
「いらない」
「遠慮するな。疲れている時は甘いものに限るのだぞ」
了平相手に遠慮するヒバリではない。
「誰が疲れてるって?僕は至って元気だよ」
「せっかく京子がくれたのだ。ヒバリも食べろ。京子の気持ちを無駄にすると許さんぞ」
あの手この手と品を変え、何とかヒバリに受け入れさせようとする。そうまでして食べさせたいのか。理由がわからない。
食い下がる了平に根負けするのはいつものことだ。
諦めない了平に面倒臭くなってしまう。これが了平以外の相手なら一刀両断、瞬殺するところだ。
「わかったよ。食べるよ」
「そうか、そうか。食べたいのなら最初から素直に言わなくてはダメだぞ、ヒバリ」
ゴリ押ししたくせに。
 了平は箱を開けて中の袋を乱暴にちぎる。あまり繊細とは言えないがこれが了平なのだから仕方がない。最初は了平のやることなすことに突っ込みを入れていたヒバリだが、どれほど言っても了平は了平だ。全く変わることがない。だから細かいことは放っておくことにした。それがヒバリ的にはどんなに気になることでも。
 おかげでヒバリは了平といると、いつも落ち着かない気分にさせられる。
「ホレ、ヒバリ。食わんか」
 開けた箱を差し出す。ヒバリはもう何も言うまいとおとなしく箱に手を入れて一粒掴んだ。
 ヒバリに続いて了平も箱に手を入れて取り出すとすぐにパクパクと食べ始め、ヒバリがまだ口に運ぶ前に二つ、三つと食べていた。
「うまいなぁ、ヒバリ。さすが、杏子お勧めだ。なんだ、まだ食べておらんのか」
「食べるよ。食べるから少し静かにしてなよ」
 お菓子なんてどうでもいい。了平が持ってきたものでなければ口にすることすらしなかったろう。
 了平が見ている。絶対食べなければ。そう思ってジッと手にしたお菓子を見る。コアラを模ったお菓子は長いこと人気の商品だ。ヒバリも食べたことはある。いろんなポーズや服装のコアラがいてシークレットなどもあるのが人気の要因のひとつだ。
 そして自分のコアラをよくマジマジと観察する。
 それは『だいすき』という文字を持ったコアラ。
 思わず握りつぶしてやりたくなった。よりによってこんな文字を持っていなくてもいいのに。
 了平といれば嫌でも意識する言葉だ。平静を装っていたいのに、了平が気になって落ち着かなくなる。
「どうした?食わんのか?」
 さすがにヒバリの様子がおかしいと思ったのだろう。気遣わしげに了平がヒバリの顔を覗く。
「これは、君が食いなよ」
 搾り出すようにそれだけを言うと、コアラを了平にグイッと押しやった。
「ヒ、ヒバリ、そこは目だ!痛い!」
 押し付けたのは口にではなく目にぐいぐい押し付けていた。
「目からは食えんのだ。やめろ、ヒバリ」
「君ならそれくらいできるんじゃない?」

『だいすき』
 それは紛れもないヒバリの気持ち。伝えたくても恥ずかしくて口にすることができない本当の気持ち。届けとばかりにコアラに乗せてみたけれど、了平に届いたかどうかはまた別の話。



END

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