了ヒバの部屋

□スローライフ
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 夏休みの学校は静かだ。普段の喧騒はなく、落ち着いている。雲雀の好きな時間だ。
 屋上で昼寝をするのには絶好の日和だった。誰も邪魔する者はいない。
 夏休みに学校にいる生徒達は部活に真剣に励んでいる。風紀の乱れる心配もない。多少物足りなくも感じるが、秩序が保たれるのはいいことだ。
 そう目を閉じた途端、ひとつの顔が思い浮かんだ。いたのだ。雲雀の望む静寂を打ち破る奴が。
 そいつは真剣に部活に勤しんでいるのに、何故か周りを巻き込む。部活だけしていればいいのに。
 しかし、それは無理なこと。何故ならそいつの部活は廃部寸前なのだ。部員集めも立派な部活のひとつだ。それなら勝手にやっていればいいのに、関係のない雲雀にも勧誘の声をかける。以前、きっぱり断って、二度と勧誘しないと約束したはずが、思い出したように雲雀を部活へ誘う。
 風紀委員だからかけもちはできない。ボクシング部などもってのほかだ。
「お、ヒバリ!ここにおったのか」
「僕に何か用?くだらないことだったら噛み殺すよ」
「いや、用はない。トレーニングで階段を駆け上ってきただけだ」
 雲雀はあきらかに不機嫌に顔を歪めた。ボクシングバカこと笹川了平は決して雲雀を探して屋上に来たわけではないのだ。ただの偶然。もっと言うならトレーニングのついでだ。
「噛み殺す!」
 スチャットトンファーを構える。
「ちょうどスパーリングしたいと思っていたところだ」
 了平も拳を構えるがすぐにそれを下ろした。
「しかし、俺が拳を振るうのはリングの上だけだ。ヒバリ、俺と戦いたくばボクシング部へ入れ」
「僕は僕の好きな時に好きな場所で噛み殺すよ。君の指図は受けない」
 だが、了平が拳を下げたことで雲雀もやる気を削がれた。トンファーを引っ込めた。一体どこに仕込んでいるのか謎なのだが。
「ところで君は三年生のこの時期に部活部活と騒いでいるが、受験勉強は進んでいるのかい?」
「いや、俺は受験はせんのだ」
 まさかどこかのスポーツ推薦でももらったのだろうか。そうなれば雲雀の耳にも入るはずだ。
 並盛中のほとんど生徒が並盛高校へ行くとしても無試験というわけにはいかない。成績優秀者には推薦があるがほんの一部だ。了平の成績でそれは有り得ない。並盛高校はスポーツ推薦は受け入れていない。
 了平が受験をせずに高校へ行く手段はないのだ。
「並盛高校にはボクシング部がないというから俺はこのまま並盛中にいることにしたのだ」
「…」
 雲雀は言葉を失った。このバカにつける薬はないのか。どうやったらこんな発想になるのだろうか。
「確かに君の成績じゃ並盛高校も難しいだろうけどね、中学は卒業できるよ」
 中学は義務教育。出席日数さえ足りていればどんなに成績が悪くても卒業させる。毎日部活に励む了平が学校を休むことは不可能だ。そんなことにも気づかず今までいたとは。呆れて物が言えないとはこのことだ。
「そんな…俺は一体どうすれば…」
「今から受験勉強でもしたら?」
「そうではない!ボクシング部のない高校生活などどうやってすごしたらいいのだっ!」
「今と何が違うの?」
 今も並盛中ボクシングぶで活動しているのは了平だけだ。高校にボクシング部がないのなら了平がいちから作ればいい。今とやることに変わりはないだろう。
「そうか。ありがとうヒバリ!俺は高校へ行くぞ。極限燃えてきたーっ!」
 新しい生活への希望が見えてきたところで了平はすっかりやる気になっていたが、問題が残っている。
「で、受験勉強はどうする気だい?」
「ヒバリもしておらんではないか」
「君と一緒にしないでくれる?それに僕が並盛高へ行くなんていつ行った?」
 雲雀には噂がある。何年も並盛中を牛耳っている現状に年齢不詳であると。そんな噂を了平はまったく知らないのだが。
「行かないのか?それでは極限つまらん」
「どうしようかな?君が行くなら面白そうだけど」
「おぉ!俺とヒバリで楽しい高校生活を送ろう!」
「そのためには君の成績をどうにかしないとね」
「大丈夫だ!気合で何とかなる」
 気合でなんとかなるほど了平の成績は甘くなかった。雲雀はこの楽天家に頭を抱える。
「僕が勉強見てあげるよ。君がいなかったら並盛高へ行く意味もないからね」
「極限ありがたい!頼むぞヒバリ!」
「そのかわりちゃんと合格したら僕の言うことを聞いてもらうよ」
「いいだろう。俺も合格したらヒバリに言うことを聞いてもらうことにするぞ」
「何言ってるの?」
 合格させるために骨を折るのは雲雀だとういのに、了平にそんな権利はない。雲雀は蔑むような冷たい視線を送るが、了平は一向に介しない。
「俺だってがんばったのだから褒美をくれてもいいだろう」
「褒美がほしいのかい?」
「そのほうが励みになるだろう」
「それもそうだね。例えばキス、とかどう?」
「キッ、キッスだと〜?そんな破廉恥なこと…!」
「決めた。合格したらキスをする。君へのご褒美はそれでいいね」
 口をパクパクさせて言葉を発することのできない了平を置いて雲雀はさっさと決めて去っていってしまった。
「キッスだんてまだ早過ぎるではないか。まずは手をつなぐから始めるものだろうが。風紀委員が風紀を乱してどうするのだ」




 これがきっかけでお付き合いを始めることになろうとは、この時の二人は思ってもみなかった。



END

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