小説〜オリジナル〜

□星屑の歌
1ページ/2ページ

「お前さ、あの噂知ってるか?」
「あん?噂って?」
ボーっとしてた俺に突然、佐伯が声をかけてくれた。
「幽霊だよ、幽霊」
「あぁ……」

― 最近、家の学校ではこんな噂が流れていた。
夜、どこからか歌声が聞こえてくる
最初に聞いた奴は部活で遅くなって、急いで帰ろうとしている時に歌が聞こえてきて、聞こえてくる方を見たら白い丸い物がぼうっと光っていたそうだ。それから毎日のように歌声が聞こえてくるという噂で学校は持ちきりだった。

「で、その噂が?」
俺は佐伯に訊いた。
「あぁ、それで今日の夜、みんなで学校に来ようって話なんだけど、お前来るよな?」
「俺はいいや。興味ないし」
そう俺が言うと佐伯は指を折って人数を数え、ぶつぶつと言い始めた。
「……俺とお前で6人。よし、決まり!」
「あっそ、がんば……って、おい!俺は行かないぞ!」
「決まりぃ〜!」
そう言いながら佐伯は笑顔で去っていった。


        ○ ○ ○


夜9時を過ぎた頃、満月の下で俺はしょうがなく校門の前に立っていた。ポツリポツリと学校に侵入する仲間が集まってきた。集合時間は9時だったはずだが、それに間に合ったのは俺と遠藤くらいだった。その遠藤と言えば、お前、なんで来たんだって言う位、小柄な体を小刻みに揺らしている。いや、きた理由はなんとなくわかる。仲間外れが嫌だったのと、断れなかったからだろう。後者は俺も同じなので、俺は仲間に声をかけた。
「遠藤、大丈夫か?怖いんだろ?」
「うん……大丈夫だよ。それに、今日は大須賀君がいるから」
「あぁ」
小さな声で話しながら遠藤が指差した方には体格のいい男子が腕を組んで仁王立ちをしていた。その男子、大須賀はうちの中学の柔道部の主将で、この前の大会でいい所まで行ったらしい。だからといっては何だが、うちで喧嘩が一番強いのはこいつだ。こんな時に頼もしいといえば、そうなる。俺は話した事がほとんどないが、ここにいるという事は佐伯が頼み込んだのだろう。


        ○ ○ ○


「5人か。佐伯遅いな」
時計がもうすぐ9時半を指そうとしていた時、笑顔で佐伯が小走りしてきた、大きいリュックを背負って。
「お前、それ何が入ってるんだ?」
俺の言葉に佐伯はリュックを下ろし、色々と取り出し始めた。
「あっ、これか?人数分の懐中電灯だろ?飲み物。あっ350ml一人一本ずつだからな!ポテチとチョコ、これで小腹の心配は無しだ!仲良く分けようぜ!」
「お前……」
呆れつつ、言葉を止めようと思った俺の言葉を佐伯は制止した。
「ちょっと待て、これからだ!仏壇の下から持ち出した数珠とお経の・・・・・・折本って婆ちゃん言ってたかな?後は、妹の部屋から取ってきた十字架と水晶玉と天使。そして、ニンニクだぁ!」
テンション高く佐伯がニンニクを俺の顔の前に突き出した。俺はどこから突っ込んでいいかわからなくなった。まず宗教が定まってないし、十字架は小さなペンダントに過ぎないし、水晶玉はビー玉に見える。天使はキーホルダーやぬいぐるみだし、本当に効果があると思って持ってきたのだろうか。第一、ニンニクと十字架っていつから幽霊は吸血鬼になったんだ?こんな兄を持って色々と持ち出された佐伯の妹がすごく可哀想に思えてきた。
「もしかしてお前、それで遅れて来たとか言うんじゃ……?」
「いやぁ、妹が風呂に入る時間見計らってたら、今日に限って少し遅くてさぁ」
頭を掻きながら答える佐伯に俺は呆れた。リュックに諸々を閉まった佐伯はさぁ行こうぜ、などと言って先頭を歩き出した。



柵をよじ登って入り、その後はどうするつもりなのかと思っていた時、窓の前でピタッと止まった。佐伯はにやっと笑ってリュックから針金とタコ糸、そして強力ガムテープを取り出した。
「橘、出番だぜ」
一番後ろをずっと笑顔で歩いていた背の高い短髪の男子が進み出た。橘は佐伯から針金などを受け取ると切ったりねじったりして何かを作り始めた。そうして出来た針金にタコ糸を結び小さく切ったガムテープを付けた物を持って橘は窓に近付き、窓ガラスの間から針金を通し、糸の先の輪を窓の鍵に引っ掛け、ガムテープが窓に付いた所で思いきり引っ張った。
「よし、鍵が開いた」
みんなはおぉと歓声を上げていた。築何十年の古い校舎は建付けが良くなく、隙間が開いていたようだ。確かに器用ではあると思っていたが、橘がこんな事まで出来るとは思っていなかった。



全員が手に懐中電灯を持ち、校舎の中を歩き始めた。先頭に佐伯がずんずん歩き、その後ろに橘と橘のさっきの功績を面白がって褒め称える小松、その後ろに大須賀と大須賀に隠れるように遠藤がいて、俺は一番後ろをタラタラと歩いた。しばらく歩いても夜中の学校はしんとして俺達の声が返ってくるだけで、歌声も幽霊も出てこなかった。
「お〜い、ゆうれぇ。出てこ〜い。出てきたら俺が成敗してやる〜!」
「バーカ。お前にそんなの出来る訳ねーだろ。ほら、これ貸してやるから」
面白がって小松が声を上げると佐伯が小松の首に折本を開いて掛けてやった。
「おぅ、ありがとな」
小松はニカッと笑った。小松自体は頭がいいはずだが、バカをやるのが好きでバカがバカなのを見るのはもっと好きらしい。最近の小松のお気に入りは佐伯のようだ。



「しかし、全然歌なんて聞こえてこないな」
橘が口を開くと佐伯が青ざめた顔で、あ!と言い出した。
「もしかして、色々俺が持ってきたから出てこれないんじゃ!」
「多分そんな事ないと思うぜ。だってこんなの効く訳ねーし。上いこうぜ上。そしたら居るかもしれねーよ?」
小松は笑いながら言った。
「おう!上、上!って、お前今何か言ったか?」
「ん?俺、別に上行こうって言っただけだぜ?」
小松は笑いながら折本を閉まって、佐伯の背中を押し、俺達は3階への階段を上っていった。
「……こ……の……」
俺は何か聞こえた気がした。みんなは特に反応していないようだが、進むとまた聞こえてきた。
「これっ、もしかして……!?」
遠藤が真っ青になりながら大須賀の服を掴んで言う。
「う……、う……、うぎゃあ〜!!お化け〜!!」
大須賀が小刻みに揺れだしたかと思うと叫び後ろへと走り出した。頼りにしていた大須賀が逃げ出した事で遠藤や佐伯、小松はパニックを起こし、走っていった。
「ちょっと、お前ら待てよ!」
と橘もみんなを追いかけていった。
俺は一人取り残され、ただ途切れ途切れに聞こえてくる幽霊の物らしい歌声に耳を澄ませていた。俺の足が一歩動いた。それはみんなが去っていった階段の方ではなく、歌声のする方だった。足が歌声に吸い寄せられているのか、何かに引っ張られるように俺は一歩一歩歩いていった。俺は音楽室の前で足を止めた。ゆっくりと小さく開けた扉の中の風景を見た時、俺は時間が止まったのを感じた。そこには一人の少女がいて、俺に気付かずに綺麗な声で歌っていた。肌がすごく白くて、窓に座って歌う姿はとても神秘的で。彼女の長い髪は風になびき、身体全体が月の光で光って見えた。俺は気が付けば扉をしっかりと開けていて、目を見開き彼女を見つめ突っ立ていた。彼女は俺に気付いて驚き、歌うのをやめた。
その時俺の唇が僅かに動いた。
「幽霊……?」
彼女はさっきとは少し違う、驚いたような顔をしてから綺麗に笑い、そして答えた。
「……うん」
時間の動き出した俺は、今度は頭の中がグルグルとめまぐるしく動くのを感じた。
「ねぇ、あなた。こっちへ来たら?」
少女に窓を降りながら声をかけられ、俺は扉を閉めて近寄った。不思議な事に緊張は解け、怖い気も一切しなかった。
「ねぇ、どうしてこんな所にいるの?」
俺は戸惑った。お前を見に来た≠ネんて言えない。
「わ、忘れ物を取りに来たら、君の歌が聞こえてきたんだ」
「……そうなんだ。ねぇ、私の歌をどう思う?」
「どうって。上手い、んじゃないかな?」
「本当?人に聞いてもらったの、久しぶりだから」
そう言って彼女は嬉しそうに笑った。


○ ○ ○


次の日、目を擦りながら学校に来ると、昼休みに担任の声で放送が入った。佐伯と愉快な仲間達、飯食ったら職員室に来るように。昨日のことについて話がある≠ニ。なんともストレートすぎる放送だった。
「昨日の事って、昨日の事か?」
放送の後、すぐに佐伯が話しかけてきた。
「あぁ、きっとな」
昨日の事というのが昨日の夜の事なら、『佐伯と愉快な仲間達』とは俺達の事だろうか。だが、俺は佐伯の愉快な£間になった覚えはないと思った。しかし、予想通りに佐伯から呼ばれ俺達は6人でうちの担任の元へと向かった。職員室に入った途端、担任が怪しい笑顔で手招きした。
「よぅ、佐伯。これで全員か?」
「はい。先生の言ってる事と俺の考えてる事が一緒なら」
「おぉ、そうか」
佐伯も先生も不自然な笑みを浮かべながら会話をしている。
「単刀直入に言おう。夜遅くに学校に入ったな?」
俺達はこれからこってりと絞られる事を覚悟しながら、大人しく首を縦に振った。
「理由は最近噂の幽霊か?俺が先週なんて言ったか覚えているか?」
「幽霊なんてこの学校にはいない。こんな事で浮かれるバカがいないように=v
「よくわかったな」
「そこまではバカじゃないんで」
「それはよかった」
ニコニコと担任は微笑み続ける。
「あの、何で佐伯だってわかったんですか?」
俺は担任におずおずと訊いた。
「あぁ、これ佐伯、お前のだろ?」
担任は紙袋から見覚えのある懐中電灯をいくつか取り出し、指差した所にはマジックででっかく佐伯≠ニ書いてあった。昨日は暗くてわからなかったが、本当にわかりやすく書いてあって俺は驚いた。学校内では佐伯≠ヘ俺の隣にいるバカだけだったはずだ。担任は懐中電灯を紙袋にまた入れ、佐伯に差し出した。
「ほらよ。ちゃんと持って帰るんだぞ。また入ったら、今度は許さないからな。もう戻れ」
手であっちいけをしながら担任が言った。
「怒らないんですか?」
「ん?あぁ。夜に学校に忍び込むのってそんなに怒るほどの事でもないと俺は思うんだけれど。」
「そうですか」
時計を見ると5時間目の5分前だったので、俺達は職員室を出た。
「良かった、良かった。怒られなくて」
ニコニコと能天気に佐伯が歩いていた。俺は担任の言葉に完全には納得していなく、黙って歩いていた。すると橘が声をかけてきた。
「佐伯ってさ、見てると色んな事忘れさせてくれるんだよな。それが怒りでも悩みでも悲しみでも、な」
「あぁ」
俺は前から佐伯を羨ましく思っていた。純粋で素直で輝くような笑顔を持った佐伯に憧れを抱く所なんていくらでもあった。眩しく思いながら自分を情けなく思っても佐伯の一番傍にいたのは、自分にない物をたくさん持っている佐伯を近くで見ていたかったからだ。
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ