小説〜オリジナル〜

□思いやり
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「うわぁ!象さん、おっきいー!」
昔、忙しい親が仕事の合間を縫って連れて行ってくれた動物園。象が一番気に入った。その時、一頭の象が涙を流していて、何故だろうと訊いた僕は象は仲間が死ぬとわかるらしい≠ニいう噂を知った。とても感動して、それから僕は毎日のように動物園に通うようになった。





それから何年か経って、僕は高校生になった。僕はあまり人と付き合う事が上手くなかったけれど、友達もいて何の問題もなく暮らしていた。






だが、僕が交通事故で入院した時、友達だと思っていた奴らは一度も見舞いには来なかった。僕に不幸が起こっても誰も心配なんてしない。悲しんではくれないんだ。





退院した僕は久しぶりに動物園に行った。一番気に入っている、象の優子の所に言った。やっぱり象はいいな、そう思った。でも、優子の様子がいつもと違う気がした。なんだか僕は胸騒ぎがした。昼も大分過ぎるのに、眩しく輝く太陽に僕か目をやった時、
「ドンッ」
大きな音がした。音のした方を見ると、優子が倒れていた。え…何が、起こったんだ…?優子は息が荒くて、とても苦しそうに見えた。さっきの音に気付いて飼育員の人たちが沢山来た。その中には、優子の担当の斎藤さんもいた。優子は僕の方を潤んだ瞳で見ていた。不意に僕は頬が濡れているのに気が付いた。拭うとまた水滴か頬を伝った。
「あ、れ…?」
気付くと視界もぼやけていて、優子の姿がよく見えなかった。僕は泣いていた。交通事故で大怪我を負った時だって泣かなかったのに、一人ぼっちで過ごす誕生日だって泣かなかったのに。涙は全然止められなかった。
人が沢山集まってきて、その場は騒然とした。優子は大人数人がかりで奥へと運ばれ、野次馬はみんな一気に帰された。











それから一週間して、僕の元に斎藤さんからの手紙が届いた。内容はやはり優子の死≠ノついてだった。僕はもう泣かなかった。それはあの日、何かを感じたからだった。でも心にぽっかりと穴が開いてた。僕は僕にしてはとても沈んでいることに驚いていた。でも誰も気付かない。僕はいつも通りに無口で家でも学校でも一人、そこにいるだけだったから。話しかけられたら、最低限の事だけ喋る、それがいつもの僕だったからだ。僕の心を埋めてくれていた優子がいなくなってしまった事実だけが、僕の心を空虚な物にしていたのだった。そんな空っぽな心のまま時間だけが僕の周りで過ぎて行った。





そんなある日、
「ということで、転校生を紹介する」
朝の学活で担任が言った。そこで紹介されたのは、きれいな黒髪のいかにも優しそうで大人しそうな女の子だった。でも、意思がはっきりしてることも見て取れた。簡単に言うと大人っぽかった。
「石山優子です」
何か僕は、この転校生が気になったが、僕がそれで行動を起こすという事はなかった。石山の席は僕の斜め後ろに決まった。
「よろしくね」
石山は学活が終わるなり、笑顔で話しかけてきた。
「よろしく…」
それから石山は、時々僕にかまうようになった。僕が困っている時(いつもなら気にせず流すところ)に何故か毎回現れた。僕は石山がいるのが正直、面倒くさかった。でも、自分の存在を認めてもらえた事に悪い気はしなかった。





そんな時、一つの事件が起こった。
それは学祭も近付いたある日だった。僕は任せられた仕事を一人で黙々とやっていた。ベニヤに釘を打ち付ける、そういう作業は僕は割りと好きだった。何より、帰ったって家には誰もいないのだから、人のいる所にいるという事だけで少しはましだった。
「お前さぁ、別にやらなくてもいいんだぜ」
一人の男子が言った。
「いや、別に」
「俺達といるの嫌なんだろ?」
「いや」
「お前、何考えてるかわからないんだよ。…こっちも作業し辛いんだよな」
それは、僕がいない方がいいって事か?
「いや、帰れとか、仕事するなって言ってる訳じゃないからな」
「あぁ、わかってる」
どう聞いてもそうだろ。
「あ…、今日、用事あるからそろそろ帰る」
「あぁ。わかった」
俺は鞄を抱えて帰り始めた。
「待って!」
石山が僕を追って来て言い、僕は立ち止まった。
「大丈夫?わかってくれるよ、きっと」
「何が?」
「何がって…」
「無理に決まってるだろ。」
「そんな」
「…!何でそんなに僕にかまうんだよ!」
「そ、それは…」
「もうかまわないでくれよ!こんな事、今までに全くなかった訳じゃない。いつだって僕は一人で気にしないように流してきたんだ。なのに君が変にかまうから!わかったような顔して僕に近付くなよ!どうして僕にかまうんだよ!」
「心配なの。そんなに一人で抱え込もうとしないで、人に相談しなきゃ駄目よ」
「人に相談?僕が相談して真剣に考えてくれる人なんているか!?いないだろ。誰も僕の事なんて気にかけてないし、僕がいなくても同じなんだ。僕の事なんて、僕の気持ちなんてだれも考えてくれない!」
「そんな事…」
「あるんだよ!僕はいつだって一人だったんだ。それでいいんだよ。僕は小さい頃から耐えてきたし、寂しくなんてない。流す事さえできれば何も傷付かないで済む!中途半端な同情なんていらない!辛くなるだけだ!もう僕の中に入り込んでこないでくれよ!!」
「…ほっとけないよ。ほっとける筈ないじゃない」
石山は僕に近付いてきた。
「なっ!」
「お願い、聞いて。ずっと、我が子のように思っていたんだもの。あなたが小さい頃からずっと。毎日のように私を見に来てくれるあなたをずっと私も見ていた。寂しい顔をしている日や悩んでいるような顔をしている日は私はとても心配した」
僕は驚いていた。
「私に相談してくれた時だってあったでしょう?でもその時は、私には何もしてあげる事ができなくて、あなたも優子に相談したってダメだよな≠チて苦笑いしてた。とても私は無力で悔しかった。でも今なら、今の私なら、あなたの話を聴いてあげられるし、答えてもあげられる。だから話してちょうだい」
石山…?優子…。優子…?
「優子…?」
「えぇ」
やっと出た僕のかすかな声に石山は笑顔を浮かべる。
「違う…!優子は、優子は象だ。それにこの前…っ!」
「そう。そうよ。人の姿であなたに会って話をしたかったの。あなたの力になりたかった」
「 … 」
「私の死を泣いてくれたあなたの為になりたかったのよ」
「僕の為?」
「ええ。役に立つまで、一緒にいさせてね」
そう言って、石山…いや、優子は笑った。
石山は優子だった。僕の好きだった象の優子だったんだ。始めて石山を見た時に感じた気持ちは優子の物だったんだ。





優子を失った時の喪失感だけは、覆い隠された僕の心の中で唯一純粋で人として本当の気持ちだった。石山が来てから少しだけど感じられた充足感もきっと本当の気持ちだったんだと思う。
人の事を考える思いやり、人を心配する事、それはとても大切な気持ちだと思う。でも、人の心は難しくてわかり合う事は簡単じゃない。でも今なら、僕が今まで決して一人ではなかった事がわかった気がする。いきなり人を信じろと言われてもできないけれど、信じてもいいのかなときっと思えるようになれる。そう、僕は思った。

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