小説〜オリジナル〜

□一夏の魔法
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「クレオ君、ごきげんはいかが?」
「えぇ、元気です。」
「今日も良いお天気ね。」
「えぇ、こんなに天気が良いと、植物達もきっと喜んでいますよ。」
「まぁ、やっぱりクレオ君はお優しいのね。」
「そうですわ、とても植物がお似合いで。」
「そんな事は。僕はただ植物が好きなだけですよ。」
「いいえ、とてもお似合いよ。」
「ゴーン」
「では、僕はこれで。次の授業が始まってしまいますので。」



いつものうるさく付きまとう、能天気なお姉さま方。俺が通うこの魔法学校は、圧倒的に、庶民より貴族が多い。かくゆう俺も貴族の端くれだ。俺の家は、元はここら一帯を統治していた名のある名門だったらしく、今でも『サザン』の名は貴族として有名らしい。あのお姉さま方も『サザン』の名に寄ってきているのだろう。いつもいつも、うるさいったらありゃしない。俺は独りが好きだっていうのに。俺の一番好きな時間。そう、学園の裏の森で草花と触れ合う時間をあの女たちに見られてから、それまで奪われてしまった。俺の名に寄って来るお姉さま方も、うるさい大人も皆嫌いだ。何も考えず笑う子供は可愛いってのに。大人に少しでも子供の頃の無邪気さや植物達の静かな優しさがあったなら、どれだけ世界が住みやすくなることか。



「おい、クレオ。また、高等部のお姉さま方か?」
「あぁ」
俺は何か分からないが、いつも馴れ馴れしく話し掛けて来るクラスメートに笑顔で応える。
「いいよなお前。」
「どうしてだい?」
「そりゃ、お姉さま方結構キレイな人ばっかじゃん!俺も一度でいいから、囲まれてみてぇ!」
「そうか、今度紹介してあげるよ。」
「やった!」
単純だな、コイツ。というかバカだろ。まぁ、他の奴よりはましだが。…って俺、コイツのことなんて紹介するつもりだ?まぁいいか、本当に紹介してやる義理は無いもんな。



「これで一学期を終了し、明日から夏休みに入る。休み中も秩序を持って生活するように。」
「終わったぁ!おい、クレオ休み中はお前どうすんだ?」
「あぁ、家に帰ろうと思っているけど。」
「そっか、お前ん家ってでけぇんだろ?」
「そんな事ないよ。」
 俺は家に帰らなければならない。帰って来いと親父に言われたから。俺が家に居たって、俺の顔を見る訳でもないのに。勝手に俺を全寮制の魔法学校なんかに押し込んどいて。
「しょうがない、帰るか。」
俺は鞄を持って、歩き出す。校舎を出た途端俄かに辺りが色めきたつ。また女子達だ。一度お姉さま方に訊いてみた事がある。なんで、僕なんかの所にいつも来てくださるのです?≠サうしたら、なんて言ったと思う?当たり前ですわ。クレオ君はこの学園の王子様なのですから。中等部の子も皆さん言っていますわ。=H何言ってんだ、バカだ。俺が王子だ?こんな事考えてる俺の何処が王子だってんだよ!能天気貴族のお嬢様の考えてることはわかんねー。それも俺が笑って応えてるからだろうけど。表に地が出ないようにした英才教育が憎い…。この性格もその堅過ぎる英才教育の反動の所為(せい)もあるがな。ハァ…。



着いた…。無駄にでけぇ屋敷作りやがって。あぁ、そうさ、家の屋敷はでけぇよ、クラスメート。
「お帰りなさいませ、クレオお坊ちゃま。」
「お帰りなさいませ。」
屋敷に入ると、待ち構えていたようにメイドやらボーイやらが脇にずらっと並んで俺に向かってお辞儀。うぁ、メイドの顔がみんな同じに見える。その時、
「お帰り、兄様!」
俺に近付いて来る人影があった。
「ただいま、シモン。大きくなったな。」
俺は弟、シモンの頭を撫でる。いつもの作り笑顔ではない、自然な笑顔で。
「うん!兄様がいない内に、3センチも伸びたよ。」
その時、
「お帰りなさい、クレオ。」
階段からゆっくりと緩いウェーブのかかった金髪の女の人が降りてきた。とても綺麗な人。
「母様、只今戻りました。」
「さぁ、長い旅で疲れたでしょう。早くお上がりなさい。」
「はい。」
この時には殆んどのメイド達は仕事に戻っていて、シモンと俺と母様、メイドとボーイが一人ずつ。5人で二階へと上がって行った。
「母様、お体の具合はよろしいのですか?」
「えぇ、この頃調子がいいのよ。それに、可愛い息子が遠くから帰ってくるというのに、寝てはいられないわ。」
そう言って母様は笑った。そうしている内に部屋に着いて、母様とシモンは去っていった。



「お荷物はこちらでよろしいですか?」
「あぁ。」
部屋にメイドと二人きり。俺は物を鞄から取り出しながら、気の無い返事をする。
「お坊ちゃま、夏の間お坊ちゃまの身の回りのお世話をさせて頂く、メイドのアンリです。よろしくお願い致します。」
メイドがスカートを摘んでお辞儀した。
「あぁ、よろしく頼む。」
俺が魔法道具を取り出した時、アンリが何か言いたそうな顔をした。
「お坊ちゃま、それは魔法に使うものですか?」
「ん?あぁ。それがどうしたんだ?」
「えっ、いえ!」
「何なんだ。言いたい事はちゃんと言え。」
「…私、子供の頃は魔法使いになりたかったのです。でも、お金も無くて、頭も魔法学校に庶民で行ける程頭良くなかったんですよね。なので、これが魔法道具かぁと思いまして。あっ、申し訳ございません!お坊ちゃまにこんな私事をベラベラと!」
アンリは慌てふためいた。
「…っぷ!」
「えっ?」
「あははははっ!何お前慌ててんだよ。」
「ふえ?お坊ちゃま?」
アンリはクレオお坊ちゃまってこんな人だっけ?という顔をした。
「いいだろう、気に入った。名前は…アンリだったよな?お前、夏の間魔法の事少し教えてやるよ。」
「…?へ?そ、そんな、よろしいのですかお坊ちゃま!」
「あぁ。とその前に、お坊ちゃまは止めろ。俺にはクレオという名前がある。
「はい、クレオ様。ありがとうございます。」
アンリはなんだか他の大人と違う気がして、俺は気まぐれを起こした。それから俺は魔法を教え始めた。まずは初歩の簡単な所から。魔法の原理とか明かりを灯すとか。教えている間にシモンにも見つかって、シモンにも教えることになってしまった。夏の間アンリは、仕事の合間を縫って教わりに来た。実際のところ、アンリは俺の家のメイドになれるだけあって、頭がよく飲み込みも早かった。基礎的な事は殆んど教えてしまった。学校でクラスメートに宿題を教えてくれと言われた時なんかはめんどくさいと思って何の感情も抱かずにやっていたけれど、アンリ達に教えるのはとても楽しかった。そんな事を考えながら、いつもより充実してた気のする夏休みは終わっていった。



そして帰る日。
「兄様、冬休みは帰ってくる?」
「まぁ、多分な。」
冬休みもアンリさんと一緒に魔法教えてくれる?僕だけまだ全然魔法使えないんだもん。」
「そうだな、わかったよ。冬までに忘れないようにだけしとけよ。後一人で無茶しないようにな。」
「やったぁ!」
 そこに母様が入ってきた。
「楽しそうね?二人で何のお話?…クレオ、もう行くのですか?」
「えぇ。」
「行ってらっしゃい。」
「行って参ります。」
「じゃあ、またな、シモン。」
「うん。行ってらっしゃーい!」



港に向かうのに家の私有地の森を抜けていく。どこまでが家の物なのかは知らないが、とりあえずまっすぐ森を抜ければ、港がすぐに見えてくるはずだ。
「歩きづれぇ。」
俺は枝やら葉やらを避けながら進んで行く。その時、
「っはぁはぁ、はぁはぁ…。あっ!きゃぁ!」
 とすっという軽い音がした。
「うっ、うっ…。」
 何かと思って声のした方に行ってみると、そこには小さな女の子がいた。膝を抱えて、泣くのを必死に堪(こら)えているという感じだ。俺は女の子に近寄ってみた。
「どうしたの?」
「走ったら、転んで怪我して…。」
 女の子は顔を上げて俺の方を見て喋った。さっきの音は転んだ音だったのだろう、膝を擦りむいていた。ちゃんとすればすぐに治る傷だった。まぁ、いっか。俺は鞄の中をごそごそと探り始めた。
「お、あった。じゃーん!クレオの薬草入り絆創膏ってね!」
 俺はバカか。何だ、そのおかしなテンションは。気持ち悪ぃ〜。この絆創膏は、一度俺が裏の森で勝手に育てていた薬草で適当に絆創膏作ってみて、なんとなく持ち歩いていたら、いつも寄って来るお姉さま方の中の一人が何でもないかすり傷でピーピーうるさかったから、やったことがあった。そしたらなんだかみんな私にもくださりませんか?≠チて言ってきて数枚やったら、いつの間にかパッケージまで作って校内オークションに賭けられていた、という代物だ。それから暫く存在も忘れていたのを今思い出した。俺はちょっと目を丸くする女の子の膝にペタッと貼って笑顔を作る。そして杖を取り出し、
「水と大地の精霊よ、我に力を貸したまえ。」
杖を女の子の膝の前でスッと動かす。
「何をしたの?」
「君の怪我が早く治りますようにって魔法をかけたんだよ。もうあんまり痛くないだろう?」
「うん!」
女の子は驚いた様子で自分の膝を見ている。
「君、名前は?」
「あっ、マリーです。」
「マリーちゃん、どうしてこんな所に一人で居たの?」
「近所のお兄ちゃんが夏休みが終わって学校に帰るから、港にみんなで見送りに行こうっていう事になったの。森の中歩いてたらきれいなお花があって、お母さんに見せようと思って見たらもう居なくて。」
「そうか、僕も港に行くところなんだ。一緒に行こうか。」
「うん。」
俺達は手を繋いで歩き出した。マリーちゃんが転ばないように、気を付けてゆっくりと。
「お兄ちゃんは何をしに港に行くの?」
「僕も夏休みが終わったから、学校に帰るんだよ。」
「学校ってどんな所なの?」
「ん?僕の学校は魔法学校だからなぁ。勉強して、魔法使ってって感じかな。」
「魔法教えてもらうの!?」
「そうだね。」
「すごーい!」
そう話している時だった。
「マリー!マリー!どこに行ったの?」
「あっ、お母さんだ!」
前から女の人が叫んでいた。
「じゃあね、マリーちゃん。お母さん見つかって良かったね。」
「うん。じゃあね、ありがとう魔法使いのお兄ちゃん!」
マリーちゃんはそう言いながら走って行った。
「魔法使いのお兄ちゃんか…。」



―4ヶ月後
 もうすぐ冬休み。約束通り、また魔法教えないといけないんだよな。そんな事を俺は考えていた。
よし、この前はいきなりだったから教える用意とかしていなかったけど、今回はなんか持ってくか。シモンもアンリも楽しみにしてんだろうなぁ。港で会った子、また会えるかな?そうだ、シモンから手紙が来てるかもしれないから、ポスト見に行ってみるか。
俺は寮の玄関の所にあるポストに向かった。
「QRS、サザン。ここだ。手紙は…、あった。やっぱりシモンからだ。」
俺は手紙を部屋に持ち帰り、読み始めた。それは俺が思っていたような物ではまったく無く、衝撃の内容だった。
兄様、大変だよ。アンリさんがメイドを辞める事になったんだ。
「え…?」
夏休みが終わって兄様が学校に戻った後、アンリさんと一緒に兄様に言われた通り魔法の練習をしてたんだ。でもある日、家(うち)でパーティーが開かれたんだ。その時に、家の前でウロウロして困ってる人がいて、アンリさんがその人に中に入るように促したらしいんだけど。その男の人が有名な貴族のご子息で、優しくしてくれたアンリさんに一目惚れしたらしくて…。アンリさんをお嫁さんに欲しいって言ってきたんだ。メイドが貴族に見初められるなんて大変な名誉だからってメイド長さんが言ったからアンリさん、メイドを辞めてお嫁に行くことにしたんだ。
「なっ…!」
庶民がいきなり名門貴族の嫁になるだと!?どれだけ辛いことだと思ってるんだ。アンリが壊れてしまうかもしれない。どうしてだ!アンリ…!長い休みには帰って魔法を教えてやる。嫁(とつ)いじまったらもう教えてやれね―んだぞ。
アンリさんから兄様に渡して欲しいって預かった手紙、一緒に入れておくからね。
確かに手紙はシモンの物の他にもう一枚あった。
クレオ様へ
シモンお坊ちゃまとご一緒に魔法を教えていただくとお約束しましたのに、破ってしまう事となり、本当に申し訳なく思っています。いきなりの私の結婚の話、クレオ様もさぞやお驚きの事でしょう。私自身もまだ何か夢でも見ているような気分です。私がクレオ様に手紙を書いたのは、謝罪をと思ったのももちろんですが、クレオ様に言っておきたい事があったからです。一つはどうぞ心配なさらないで下さい。お優しく賢いクレオ様のことでしょう、色々な事をお考えになって心配なさってると思います。ですが、私は大丈夫です。私の結婚相手となられるお方はとてもお優しい方です。確かに作法などは頑張らねばと思いますが、私も名門貴族サザン家のメイドになれたものです。作法も基礎なら会得済みです。心配事といえば、クレオ様やシモンお坊ちゃまの事だけです。シモンお坊ちゃまには最後まで魔法を教えてあげてください。私のサザン家への心残りは最後まで覚えられなかった事なのです。魔法を教わっている時はとても楽しかったです。大切な時間でした。私はおそらく、一生忘れないでしょう。本当にありがとうございました。
                  アンリ 
「……。」
アンリの馬鹿…。何なんだよ…。嫌になったら戻ってきていいんだからな。



それから何年後かにパーティーで見たアンリはすっかり貴族夫人になっていた。幸せそうだった。
そして俺は自分の通っていた魔法学校の教師になった。

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