小説〜二次〜

□吟遊名花
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「地元の音楽学校か、コンクールやるのってこの講堂?」
「古いけど、趣があっていい所じゃないか。なっ、秋吉!」
「そうだね」
俺は笑顔で返事をした。俺達は歩き始める。
「それにしても、ずいぶん落ちついてるんだね。君たちもコンクール出るのに」
 俺は同級生にそう言った。
「僕らなんか、出たってオマケだよ。どーせ、一位とるのは秋吉か松葉だろうし」
 彼らがそう言うのを聞いて、俺は優等生の松葉の顔を思い出した。
「そーそー。所詮、天才にはかなわないって!」
「いいよね。僕らなんか努力したって無駄だもん」
「レベルがちがうんだよ」
彼らが眉を下げながらそう呟くのを見ながら、俺は笑顔で散歩してくると告げ、その場を離れた。



学校の裏庭まで来た俺は、誰もいない事を確認してから眼鏡を外し、そして思いっきり叫んだ。
「なにが『僕らなんか努力しても無駄だもん』だ! おまえらの努力が足らねーだけだろ!! 才能のせいにすんなよなっあほーっ!!」
俺は息切れをしながら、楽譜をバッと引っ張りだした。
 だいたいなんなんだよっ、渡されたこの「カノン」って曲!
 他の奴らは自選曲なのに、なんで指定されなきゃいけないんだ!!
「あーっ気にくわん! あーっじれんま!!」
 そう言いながら、俺は一本の木の根元に座り、キーボードで練習を始めようとした。
『どーせ、一位とるのは秋吉か松葉だろうし』
『所詮、天才にはかなわないって』
同級生の言葉を思い出し、俺は呟いた。
「……。最初からかなわないって思ってる奴には、一生できねーよ」
 松葉は天才かもしれないけど俺はちがう。現に二年前のコンクール、松葉は優勝して俺は予選すら通らなかった。
 あれから、ひたすら練習してやっとここまできたんだ。松葉には絶対負けない!! 
 そう俺が思った時、頭上から花びらがひらひらと落ちてきている事に気付いた。
「それにしても、この桜一本だけなんでこんな満開なんだ? 十一月だぞ」
その時、頭上から声が降ってきた。
「季節をまちがえて咲いているの。狂い咲きっていうんですよ」
 俺が驚き見上げると、木の上に一人の少女が居た。
「あなた、桐生秋吉くんですね」
その笑顔を見た瞬間、俺の心臓がときっと音を立てた。
彼女のきれいな漆黒の長い髪は桃色の花に良く映えている。
「私はこの桜に宿る精霊、花音といいます」
その言葉を聞いた瞬間、「カノン」という音に俺は反応しさっきの怒りを思い出した。
「お願いです! あなたのピアノ、もう一度私にきかせて下さい!!」
そう花音と名乗った少女はニコニコしながら俺に言ってきた。俺が無言のままに立ち去ろうとすると、花音は俺を引き止めようとする。
「あっ、秋吉くんまって下さい! あのっピアノを……」
「みえないきこえない。みえないきこえない」
「ええっ、遠回しに拒絶〜 」
俺は花音が何か叫んでいるのを無視してその場を去った。
……ったく、なんなんだあの人。桜の精だって? ばかげてる。そんなの、いるわけないじゃないか。冗談につきあってるヒマはない。
そんなことより 練習しなきゃ……。



ところが
「秋吉くん!」
俺がまた裏庭に行くと、花音が桜の根元にいた。
「まだ、いらしたのですか!?」
俺はキーボードを落として大げさに驚いてしまった。
「もちろんですっ、この桜と私は一心同体! いつでもここにいます」
花音はそうニコニコとした後、伏し目がちに言った。
「うれしい……きてくれたんですね」
「あなたがいると覚えていたらきませんでした。サヨナラ」
「ああっ、ぬかよろこびっ」
 俺は一度その場を去ろうとしたが、秘密特訓が出来ないことに腹を立てながらもしょうがないから訊いてみた。
「どうして僕のピアノききたいんですか!?」
「秋吉くんによばれたから」
えへっと笑いながら花音が言うのを聞いて、俺はイラついた。
 だいたいなんで俺の名前知ってんだよ、桜の精が。
 そう、やれやれと思っていると、花音が俺のキーボードで「ネコふんじゃった」を弾いているのに気が付いた。
「勝手に僕のピアノ触らないでくださいっ!!」
 俺は頭が痛くなりながら、続けた。
「それに、『ネコふんじゃった』は指使いがまちがってるから、あまり弾かない方がいいですよ」
「えっ、そうなの  じゃあ、正しい弾き方教えて下さいっ」
 驚いた後、すぐににっこーとして言う花音についに堪忍袋の尾が切れ、俺は眼鏡を外した。
「てめー…、いいかげんにしろ!! 俺は幻想とか精霊なんか信じてないし、そういうもんだいっきらいなんだよ!!」
 俺は言った後、花音の茫然とした顔を見て我に返り眼鏡をかけ直した。
「僕の気持ち、わかっていただけましたか?」
「キャラが違いすぎます、秋吉くん!!」
 笑顔で尋ねる僕に花音はツッコミを入れた。
「……。眼鏡をはずすと地が出てしまうんです。思ったことがそのまま口に出てしまうというか……言葉が汚くてすいません」
 僕がそう言うと花音はすくっと立ちあがった。
「ううんっ、とっても素敵!」
 どこがだと俺が思った時、花音は笑顔で続けた。
「だって、眼鏡を外せばそれだけで素直になれるってことでしょう? とっても素敵!」
 俺の心臓がもう一度音を鳴らし、花音は走り去って行った。
 そんなふうに考えることもできるんだ……。
 そう思った時、俺はもう来るなっていうのを忘れた事に気付き、頭を抱えた。



 それからも、この桜の精というやつはなぜだか俺につきまとってくるのだった。
「秋吉、この四日間でかなりやつれたね」
「なにかあったの?」
 昼飯を食べている時、同級生がそう言ってきた。
「別に」
 ちくしょーあの女。俺のピアノきくまでてこでもゆずらねーつもりだな 
 課題曲の「カノン」の方もあいつが邪魔するせいで十二小節目がまだ上手く弾けねーし……。
 その時、一人の生徒が走ってきた。
「おい、みんな! 松葉が講堂で弾いてるぞ!!」
その声に、俺も含め大勢の奴が講堂の見える所に走る。着くと、講堂中にその音は響き渡っていた。
「すごい上手……」
「だって松葉だもん」
「お手本のCDきいてるみたいだな」
 そう口々に生徒達が言う中、俺は気付いた。
 この曲は、「カノン」!? 僕と、同じ曲だ……。
「はーっ、あいつやっぱり天才だな!」
「秋吉はどうだった? この程度かって安心した?」
 そう訊いてくる同級生に俺は後ずさりする。
「いや……僕は……」
『天才二人にはかなわないって』
 だめだ。こいつらにはいえない。
 俺がいまだに弾けない十二小節目。あいつはいとも簡単にこなしてた……。
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