小説〜二次〜

□湯気に込めた気持ち
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影月様といったらお仕事ばかりで、本当に私(わたくし)の事をお好きでいらっしゃるのでしょうか?ただでさえ一緒に居る事の出来る時間はわずかだというのに、龍蓮様がいらっしゃってからというものの、邪魔が入って!お二方共、我慢なりませんわ!!



夜も更けて、今は影月様がお一人でお仕事をなさっている時間ですわ。
そんな事を思いながら、香鈴は夜食の用意をし、影月のいる室の扉を開けた。
香鈴「影月様、一度休憩してはいかがですか?お夜食を持ってきましたので、お食べになって下さい。」
影月「香鈴さん、ありがとうございます。」
影月は笑顔で香鈴に礼を述べた。その時、香鈴は影月の隣に揺れる羽を見た。
いつ見ても趣味がまったく理解できない派手派手しいまるで孔雀のような服。それを纏(まと)った青年がいた。
香鈴「あ!龍蓮様!そんな所で何をなさっているのですか!?影月様のお仕事のお邪魔ではありませんか!」
龍蓮「何を怒っているのだ?」
影月「香鈴さんいいんですよ。僕が居てもいいと言ったんです。もうすぐお仕事も終わりますし、ちょうど退屈していた所ですから。」
龍蓮「そうだ。私は笛の調べで心の友其之二の労をねぎらおうとしていた所なのだぞ。」
「ぴーひょろぴ〜!」
間の抜けたお世辞にも上手とは言えない奇怪音波が出た。労をねぎらうどころか、疲れがどっと出そうである。香鈴は力が抜けて盆を落としかけた。
龍蓮「うむ。どうだ、心の友よ。」
影月「あはは」
香鈴「そんな事はどうでもよろしいですわ!冷めない内にお夜食、召し上がってください。」
ぷいとそっぽを向いて香鈴は蒸(せい)籠(ろ)を開けた。その瞬間、温かい湯気と少しの甘い香りがした。
影月「わぁー!今日はお饅頭(まんじゅう)なんですね。」
そうですわ。秀麗様の味には及びませんが、今日はなかなか上手くいきましたわ。こんな事もあろうかとちゃんと龍蓮様の分も作ってきましたし、ぬかりはありませんわ!
お茶を二杯注ぎ、香鈴は饅頭の一つを影月の前に置き、龍蓮にもう一つを渡そうとした。だが受け取らず、龍蓮の手は影月の分の饅頭に伸びた。
香鈴「あ!!龍蓮様だめですわ!!」
香鈴が慌てて叫んだのと同時に龍蓮は饅頭をかじった。
龍蓮「まぁまぁの味だ。おぉ、饅頭の中に栗が隠れていたぞ。」
香鈴「あ……」
龍蓮「だが心の友其之一のそれにはまだ及ばないがな。それに栗はない方が風流だぞ。」
龍蓮がそんな事を言っている内に静かに香鈴は室から出て行った。
影月「龍蓮さん、ちょっとここで待ってて下さい!」
香鈴の様子に気付いた影月は、香鈴を追いかけて行った。



影月「香鈴さん!」
香鈴「何ですの…?」
香鈴は寂しげに振り向いた。
影月「あの、えっと。…僕のだったんですね、あのお饅頭。」
香鈴「そうですわ。…でも、もういいです。私、疲れましたわ。」
影月「そんな…!」
香鈴「…せっかく、この茶州に来たばかりの頃を思い出して栗を入れて、前に秀麗様に教えていただいたように作って。美味しくできましたのに…。あなたも思い出して微笑んで下さると思いましたのに。」
潤んだ瞳で喋る香鈴を影月は優しく抱きしめた。
影月「すみませんでした。僕の所為(せい)です。」
香鈴「どうしてあなたが謝るんですの?」
影月「僕が早く食べなかったのが悪かったんです。ただ…」
香鈴「ただ…?」
影月「香鈴さんが僕の為に栗を入れてお饅頭を作ってくれた。その事だけでお腹いっぱいです。…だから、泣かないで下さい。」
そういって影月は微笑み、香鈴の頬を伝う雫を拭った。そしてそっと優しく口づけた。
この方に初めて会ってから何ヶ月が過ぎたのだろう。最初は私の方が少しだけ勝っていた背もいつの間にか追い越されて、この方の方が大きくなっていた。初めて会ったときに頼りないとさえ思ったこの笑顔も今はすごく頼もしくて。どんなに悩んでいても解きほぐして笑顔にしてくれるこの笑顔が好き。
二人は赤い頬(ほお)で微笑み会った。



影月「…今度また、僕のために栗の入ったお饅頭、作ってくれますか?」
香鈴「ええ、もちろんですわ。もっと美味しいお饅頭を作り上げて食べさせて差し上げます。」
影月「楽しみにして待ってます。」
微笑みあって、香鈴は気付いて言った。
香鈴「あ!影月様、お仕事はもうよろしいのですか?」
影月「あー、そうですねー。明日までに終わらそうと思ってたお仕事があったんですけど、明日の朝やりますから。大丈夫ですよ。」
香鈴「いけませんわ!私の所為でお仕事が滞るなんて、申し訳がたちませんわ。室に戻りましょう。」
影月「え、あ、はい。」
歩き出した香鈴の勢いに引っ張られて影月は付いていった。
香鈴「でも、勝手に影月様のお饅頭を食べておいて、栗が入っていない方がいいなんてひどいですわ。龍蓮様が食べるはずだった物には入っていなかったといいますのに。」
室まで歩いている途中、香鈴が言い出した。改めて考えて少し納得いかなかったようだ。
影月「そうですね。」
香鈴「もう我慢なりません!今日こそ龍蓮様に何か一言、言って差し上げましょうかしら?」
影月「それなら僕が。香鈴さんをこんなに悲しませるなんて許せません!」
香鈴「え?」
その時、室につき影月は扉を開けた。
影月「龍蓮さーん。」
そこには香鈴が今まで見た事のない、静かな龍蓮が膝を抱えて居た。
龍蓮「…」
香鈴「龍蓮様…?」
龍蓮「…香鈴、すまなかった。」
龍蓮の口から初めて聞く謝罪の言葉に驚き、香鈴は怒る気が起こらなかった。
香鈴「もう、いいですわ。その言葉だけで十分です。」
香鈴がそう言った時、影月が口を開いた。
影月「いえ、だめです。香鈴さんが許しても、僕が許しません。」
香鈴「え?影月様、今何と?」
影月「香鈴さんが龍蓮さんを許したとしても、僕は龍蓮さんの事を許しません。」
その影月の言葉に香鈴だけではなく、龍蓮も驚いていた。無理もない、影月が怒った所なんて殆んど見た事がない。龍蓮も影月に怒られるなんて夢にも思わなかったのだろう。
龍蓮「影月…?その、すまん。」
影月「許さないですー!謝られた位じゃ許さないんですー!」
香鈴「影月様、私もう怒ってはいませんわ!」
龍蓮「影月、私はどうすれば…?」
影月「今日は許さないですよ。僕も香鈴さんのお饅頭食べたかったんですからー。食べ物の恨みは恐ろしいんですー!」
龍蓮「香鈴の饅頭ならここにもう一つあるぞ。」
影月「それじゃだめですー!龍蓮さんが食べちゃったのが食べたかったんですー!」
珍しくおろおろとうろたえる龍蓮と、珍しく龍蓮に怒っている影月。それを眺めながら香鈴は、影月が怒っている理由を嬉しく感じながら微笑んだ。

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