小説〜二次〜

□夢の約束
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「どうしたんだい、たぬき君」
 流架はうずくまっているたぬきに声をかける。
「ちょっと診せてくれる?」
首にかけていた聴診器を耳につけ、たぬきに当て始めた。
「…腹痛だね。安心して、この薬を飲めばすぐに治るから。」
流架はたぬきに薬を飲ませた。
「ほぅら、もう大丈夫だ。」
そう言って流架は笑顔でたぬきを抱き上げた。たぬきも喜び笑うと、沢山の動物が流架の元に寄ってきた。



ここはとある森の中。動物フェロモンのアリスを持つ乃木流架は獣医をしながらひっそりと暮らしていた。



「流架、時間だ。」
「あぁ棗、今行くよ。…みんな、ちょっと行ってきます。」
たぬきを降ろし、動物たちに手を振って、流架は家の中へと入っていった。部屋に入り、着替え始めた。



ビルの屋上で一人の男が微笑んでいた。見下ろす道路には沢山のパトカー。
「今日こそ、怪盗ルカを捕まえるわよ!」
捕まえた暁には私の彼氏に…!
「お〜ほほほ!」
怪盗ルカ事件担当の正田スミレ刑事は少し前に後もう一歩のところでルカを逃し、その際にちらと見えた怪盗ルカの素顔に一目惚れしてしまっていた。
「もうすぐ予告の時間だ。5、4、3、2、1…時間だ。」
「ピュ〜〜〜!」
屋上の男が口笛を吹いた途端大鷲が来、男はその足に摑(つか)まり、飛んでいった。
「来たわ!捕まえろ〜!」
わぁ〜っと警察が走っていく。

そう、乃木流架のもう一つの顔。それは虐待などを飼い主から受けている動物を、飼い主の元から盗み出す怪盗だった。



「スタッ」
「ありがとう。じゃあ、行ってくるよ。」
ルカは開いていた窓から入り、大鷲を撫でた。少し歩き、ドアの前に立つ。
「この部屋か…。」
「キィ…」
ルカはドアを開けた。入るとそこには一匹の猫が居た。
「君だね。さぁ、こっちにおいで。」
「にゃぁぁん」
「よしよし。…こんなに怪我をして。俺と一緒に来るかい?」
「にゃあ」
ルカが猫を抱きかかえ、部屋を後にしようと思った時、
「ルカはこの部屋よ!」
「おっと。一応足止めを頼んどいたはずなんだけど、今日は早かったみたいだな。」
「ピュ〜〜!」
「バンッ!」
「怪盗ルカ、今日こそ!」
ルカはにこっと微笑んで言った。
「では、さようなら。」
バッと窓から飛び降り、ルカは大鷲に乗って飛んだ。部屋に今宵も捕らわれの天使を頂戴いたしました≠ニいう一枚の紙を残して。
スミレはぼうっとしてから、我に返り叫んだ。
「誰か!怪盗ルカを止めなさい!」
その声に一人の警官が大鷲に向かって発砲したが、ルカは飛び去っていった。



しばらく飛んだ後、ルカは大鷲の異変に気が付いた。何か飛び方がおかしい。ルカは電気の付いていない大きなベランダが目に入り、そこに大鷲を止まらせた。
よく見ると羽に傷があった。
「お前、さっきの弾掠(かす)ってたんだな。無理はするなよ。とりあえず応急処置だけでも…よし、これでいいよ。」
その時、部屋の奥から物音がした。
「誰?」
「!?」
一人の女の声がした。女はゆっくりと近づいてくる。
「…もしかして、怪盗ルカ?」
「はい。」
「…その子を盗んできたの?」
ルカの足元に居る傷だらけの猫を見て尋ねる。
ルカの相棒の黒猫がルカの肩から飛び降り、女を睨んだが、女は笑顔を向けてこう言った。
「安心してや。その子を奪うつもりも、警察に通報するつもりもないから。」
「……」
「ねぇ。少し、話し聞かせてくれへん?」
「…いえ。こいつの治療をしなきゃいけないので。」
「ケガをしてるの!?」
女が駆け寄ってくる。
「ええ…」
「少し、ここで休んでいって。」
「……。では、すいませんが。」
ルカは大鷲を撫でながら、勧められた椅子に座った。
「何で、怪盗なんかしてはるの?」
女はルカに色々な事を訊いてくる。

栗色の長めの髪に無邪気な笑顔、好奇心が旺盛で…。似ている、佐倉に。でも、佐倉の笑顔とは違う。なんだか心の底から笑っていない気がする。
俺たちがアリス学園を出た時、棗や佐倉のアリスに関する問題は一応終息を迎えていた。俺は獣医になるための勉強をしなければならなかったし、佐倉には今井も居たから、俺は勇気を出して佐倉を俺と棗の家に誘う事は、しなかった。それにまずは棗と森の中で暮らすっていう事を母さんに何とか納得させなきゃいけなかったし。

ルカは女の質問に大事な事は何も答えなかった。
「あんた、意地悪やな。何にも答えへんで。」
女は少しむくれたような顔をする。
時計は夜の1時を回ろうとしていた。ルカは時計を見てから、立ち上がって言った。
「ずいぶん長い時間お邪魔してしまいました。こいつももう大丈夫です。私の家までの短い間なら飛べるので、この辺で私は失礼したいと思います。」
「そう…、分かった。さようなら。」
飛び去るときに振り向いてちらと見た女の顔は、寂しそうだった。



「…。」
家に帰ってからも流架は女の事が忘れられなかった。
「流架、わかったぞ。その女の事。」
「え!本当に?それで…。」
「ああ。その女は蜜柑、佐倉蜜柑だ。」
本当に佐倉…。あれが佐倉だったのか。
「調べた結果の内容がまだあるんだが、聞くか?」
「何があったんだ?」
「…知っての通り、俺もあいつもアリス学園に目をつけられていた。確かに俺らが居るうちに色々な事件が発生し、俺らは俺らなりにそれを解決して、問題はほぼ無くなったと言える。だが、学園に目をつけられていたって事はアリス側の偉い爺(じじい)たちに目をつけられていたって事だ。それにあいつにはアリス盗みのアリスもある。」
「何が言いたいんだ?」
「…俺らはこの森に誰とも関わらずに暮らしているから、爺たちの目から少しは逃げられている。だが蜜柑は爺たちからかなり強い監視を受けているみたいだ。」
「 … 」
「特に、Zとの接触がないか、会った奴は毎回確認されているらしい。あいつ自身もそれには気づいて、できるだけ人を避けてるみたいだが。」
佐倉…!だから、俺が去るときあんな寂しい顔を!
「流架…。お前はこれを聴いて何をするんだ。」
「え?」
「何かするのか?」
「どうして…。」
「お前が何もしないというなら、俺はそれでいい。だが、お前の顔はそうは言ってないが、それでいいのか?」
「 … 」
流架は少し考えてから、はっきりと言った。
「棗!俺、佐倉を盗み出したい。」
「盗んでどうする。」
「盗んでこの家に。」
「俺よりあいつの方が爺たちは必死に探す。いつかは俺共々見つかるぞ。それに怪盗ルカの正体までばれるかもしれない。」
「それでも!少しだけでもいい。俺は佐倉の笑顔を取り戻したい。」
「決めたんだな。」
「ああ。棗も一緒に見つかってしまうのは申し訳ないけど。」
「俺の事はいい。お前が決めたようにしろ。」
そういって棗は流架に背を向けて、自分の部屋に入っていった。
ありがとう棗!



「どうして、怪盗ルカが動物じゃないものをぉ!!しかも女!どうして私じゃない女を攫(さら)っていくというのぉ!」
スミレは発狂していた。
怪盗ルカ…どうしてウチを?
そう蜜柑は思っていた。
「盗む物は佐倉蜜柑。…佐倉蜜柑!?あんた佐倉さんなの!?」
「へ?そうですけど。」
いきなり迫ってくるスミレに蜜柑はたじろいだ。
「何であんたはいっつもいっつも、私が気になる人ぉ!」
「えぇ!…ってパーマ!?あんたパーマなん?」
「パーマじゃなくて、正田スミレよ!」
「懐かしいわぁ。」
「刑事、そろそろ時間です。」



「5、4、3、2、1…時間だ。」
ルカは飛び立った。
「パーマ、ほんとに警察に成れたんやねぇ。成れてるか心配だったんよ。」
「何よ、あんたぁ!」
そう、蜜柑に絡んでいるスミレの足元に小さなボールが転がってきた。
「ん?何これ。」
そうスミレが言った瞬間、ボールから沢山の煙が出てきた。
「わぁ!」
「しまった!…ぐあ!」
急いでアリスを発動したスミレは煙の強い匂いに、倒れてしまった。
「こっちです。」
蜜柑は一人の男に手を引かれ、ベランダの所まで歩いていった。
「ごほっ、ごほっ!」
「大丈夫ですか?」
「はい。大丈夫…。」
今まで警官だと思っていた男は怪盗ルカで、蜜柑の前で笑っていた。
「さぁ、乗って。」
蜜柑は大鷲に乗せられ、飛び去った。
「うわ!」
「大丈夫ですか?」
「はい。でも何で怪盗ルカ、あんたが私を盗むの?一回話しただけやのに。」
ルカは微笑んで仮面を外した。
「佐倉…。俺だよ。」
「もしかして…ルカぴょん?」
蜜柑が目を丸くしながら、尋ねる。
「あぁ。お前をアリス学園の目から開放しに来た。少しだけでもいい。佐倉を自由にしてやりたかったんだ。」
「ルカぴょん…。」
「…あの、えぇと…。俺の家に来ないか?あっ、な、棗もいるんだけど!」
いや、そうじゃなくて、棗じゃなくて…!
「…俺と一緒にたくさんの動物たちと暮らさないか?」
ルカは自分の心臓の音を聞いていた。
「うん。ええね!」
蜜柑がにこっと笑って答えた。ルカの求めていた昔のような太陽みたいな笑顔で。



昔に忘れてきた言葉。勇気がなくて言い出せなかった約束。今、やっと言えたんだ。

俺の昔からの夢、それを自分の手で掴みに行くんだ。

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