多生之縁

□信じるコト
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ナーオスに向かって歩いていると、ぼんやりとまたベルのことを考えてしまっていた。
この気持ちは何なのだろう。
ふと視線を横にずらすと、スカイブルーのきれいな髪色が見える。
そうだ、アンジュに相談しようと思っていたんだ。
アンジュを呼び掛けようと「セ」と言ったところで私の体は少し後ずさる。
いつの間にか鼻先にいたアンジュに私は息も言葉を発することも止めた。
視界一杯に映るアンジュの顔には何故か怒りが見える。


「今、わたしのこと何て呼ぼうとしてた?」


「えっ、セ…セレーナ…」


今度は顔ではなく人差し指の先が鼻先にくる。
私はアンジュの指先から感じる怒りのオーラに心底怯えた。


「それよ、それ。なんでみんなはファーストネームなのにわたしだけファミリーネームなの?」


「ル、ルカたちは年下だし、リカルドはヒュプノスだったし、それにセレーナはオリフィエル様だったから…」


アンジュの指先が離れる。
ホッとしたところでアンジュが今度は呆れたようにため息をつく。
思わずしゅんとしてしまうと、アンジュが「あのねぇ」と言ってきた。


「わたしが呼び捨てされて失礼だなって怒ると思う?」


「……思いません」


それは本当のことだと思っている。
だって、みんなだって呼び捨てしているのに私だけ許してもらえないなんてアンジュじゃないとさえ思えたからだ。
アンジュは未だ呆れているのか眉根は下げたまま、口元に笑みが浮かぶ。


「でしょう?じゃあわたしのこと、アンジュって呼んで」


ごもごもと言い慣れないせいで口を開けるのを躊躇いながら、おずおずと口を開く。


「アンジュ…さ──」


「アンジュ!」


さん付けさえ許してもらえないのか。
少しだけ悲しくなってきた。
さっきまで下がっていた眉を上げるアンジュに少し怯える。
本気で怒ってなんているわけ無いのだが。


「…ア、ンジュ」


「よし」


満足したように笑うアンジュに私は安堵ため息を吐いた。
アンジュに遊ばれていた気がしたのは私の気のせいだろうか。


「以後アンジュ以外で私の名前を呼んだら、教会史書五冊文の内容の講義徹夜コースね」


ぞぞぞっと背中に何か気持ちの悪いものが這った感覚に私は心底本気で恐怖を感じた。
講義は別に構わないのだが、徹夜はさすがにキツイ。
アンジュはケロリとしていそうだが、私は力尽きていると思われる。
アンジュは私が呼び捨てで呼んだときよりも数段上の満面スマイルに私は怯えきったままに「は、はい…」とカクカクとぎこちなく頷いた。
クスクスと笑ってから「冗談よ」と言って先に進んでいってしまったアンジュを私は目だけで見送る。

(冗談とは思えませんでした、アンジュさ…じゃなかったアンジュ)

心の呟きでさえアンジュなら聞き取れてしまうかもしれないと思った私は急いで言い直した。



しばらく私が放心状態だったのは、言うまでもない。




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