sail in the same bort
□involuntary
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どれぐらい眠っていたのだろう。
目を開けると、まだ明るかった。
頬の辺りが濡れているような気がして、右側の頬に触れてみると指が濡れている。
泣いていたのだろうか、とぼんやり考えてから少し顔を動かして顔全体を枕に埋めさせた。
しばらく埋めさせてから両手を枕の両側に付いて、勢い良く押す。
「うしっ、と」
そう言ってからベッドから降りて右手で左の肘を掴みながら伸びる。
その間「うー」と唸っていたが、伸びるのを止めるとその唸り声も止んだ。
コートから懐中時計を取り出して時間を確認すると、どうやら一時間は寝ていたようで、結構寝たなと思いながら乱れた頭を掻く。
懐中時計をコートに戻し、白い手袋を両手にはめてから部屋を出た。
「チトセ、いるかな…」
誰かに言ったわけでもないが、ふと呟く。
僕の部屋の隣にいるチトセ。
ドアの前に立ち、ノックをしようと軽く握った手をドアに近付ける。
だが、その手はぴたりと止まり、下ろされた。
「結局、寂しいのは僕じゃん。かっこわる…」
小さく自嘲するように笑ってから踵を返した。
気が付いたらマティウス様のところにいた。
どうやって来たのか、あまり覚えていない。
無意識、なのだろうか。
そんな僕の気配に気付いたのか、マティウス様はこちらを向いた。
兜の中でくぐもったような笑い声と「どうした」という声がする。
「いえ、失礼しま、し…」
気が付いたら涙腺が崩壊していた。
気が付いたら声が震えていた。
(いつから僕、こんなに弱くなったんだろう?)
力だって、能力だって頑張って鍛えて、強くなった──つもりだった。
全然強くなってくれなかった、僕の心。
頑張っても、頑張っても、僕には強がることしか出来なくて。
作り笑いが人より上手くなっただけで。
何も、変わってない。
マティウス様が僕に気付いてゆっくりと歩み寄ってくる。
僕は堪らなくなって駆け出して、マティウス様に抱き付いた。
(不安なんだよ、ものすごく不安なんだ)
君を、チトセをちゃんと守れるのか。
今でもあの時のサクヤ様のことを思い出すだけで、涙が出そうになる。
現世では、現世こそは守らなくちゃ。
襲う責任感。
そんなことを考えていたうちに、僕は独りのような、そんな気がしてしまった。
今もたった一人きりで真っ暗な闇の中で、君の笑顔を守ろうと必死になってる。
(こうやって、誰かにすがらないと生きていけない人間なんだよ、僕は)
マティウス様にすがっている、弱い僕。
僕を突き放してよ。
(僕をただ抱き締めていてよ)
僕を嫌いだって言ってよ。
(僕を愛してるって言ってよ)
僕を、殺してよ。
(僕を殺さないで)
邪魔をしないでよ、弱い僕。
(知ってるくせに。君が弱い僕だと言って目を逸らしている僕が本当の僕だって)
(認めたらどうなんだよ、弱い僕)
「違う…っ!!」
マティウス様から離れて手袋で涙を拭う。
「す、すみませんマティウス様。突然に…迷惑をかけてしまって。僕はもう平気ですから、行ってきます」
上手くなった作り笑いでマティウス様を見つめる。
マティウス様は兜を外して、甘い香りを漂わせて、僕を見つめ返す。
真っ直ぐに見つめてくれる、その瞳。
(その瞳が、僕は心底嫌いだった)
全てを見透かされるような気がした。
心の中の視線を、無理矢理にでも絡まされてしまうその瞳が。
「何故、そんなに悲しそうなのだ」
不意に、僕の眉が下がった。
(あぁ、ほら、見られた)
僕は下がってしまった眉をそのままに、引きつる口端を無理矢理に上げる。
「本当に、マティウス様にはお見通しですね」
心配そうに歩み寄るマティウス様を突然に、強引に抱き締めた。
甘い香りがとても近くて、酔ってしまいそうだ。
「忘れてください、僕のあんな醜い顔を。笑ったままの僕だけを見ていてください」
突き放すようにマティウス様を離してから逃げるように、小走りで去った。
涙が、止まらない。
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