sail in the same bort

□involuntary
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「モア?」


廊下の端に踞っていた僕の前から、愛しい人の声が聞こえた。
精一杯笑って、膝に埋まっていた顔を上げる。


「睡魔と戦ってたんだけど、力尽きちゃってさ。寝ようと思って」


乾いた笑いを漏らすと、チトセの表情が曇った。
少し屈んで僕に手を差し伸べてくれたチトセ。


「眠るなら自分の部屋に行きましょう?」


その差し伸べられた手とチトセの顔を交互に見てから、俯きながら首を横に振る。


「今は、君の手を握ることは出来ない」


左手を床についてから立ち上がり、チトセに背を向けた。
足が重かった、けれど、動かす。

(ごめん、チトセ。今の僕は汚れてる。君を汚すことは出来ない)


遅かったスピードを上げて、急いで部屋に戻る。
鍵をかけて、部屋に付いているシャワールームに突っ込む。
服を脱いでる暇なんてない。
汚いから、早く洗わないと気持ちが悪い。
蛇口を捻ると、シャワーから水が落ちてくる。

まだ汚い。

汚いと思っているところを擦ってみる。
擦ると余計に汚く思えてきて、僕はしゃがみ込んだ。

汚い。
汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い。
全てが、僕の全てが汚い。

何もしてないのに、手が赤黒く汚れているように見えた。


「ごめんなさい…、ごめんなさいごめんなさい!!これは幻、嘘の世界…!!目を覚ませ目を覚ませ目を覚ませ目を覚ませ目を覚ませ…!!」


ガンッ
一瞬目の前が暗くなった。
僕が自分で壁を頭で殴ったということを思い出すのに、少し時間がかかった。
お陰で目を覚ませたわけだが。


「うわ、びしょびしょ…。ててて…、こぶになったかな…」


蛇口を閉めてシャワーを止めてから、バスタオルで髪や顔などを拭く。
濡れてしまった服は仕方無いから、その辺にあった白いTシャツを着てから黒いズボンを履いた。
髪を下ろして部屋を出る。
すると、すぐそこにはチトセが立っていて、ノックをしようとしたのか握った手の甲をこちらに向けていた。


「あ…、モア…あの」


「まぁ、入りなよ。襲ったりしないから(多分)」


ドアを押さえてにこりと笑いながら部屋へと誘導しようとすると、チトセは遠慮しているような感じだが、部屋に入りきってからドアを閉めた。
背を向けているチトセから目を伏せ、音をたてないように鍵を閉める。
振り向いたチトセにまた笑いかけてからチトセに歩み寄った。


「そんな遠慮しないでさ、適当に座りなよ。水に滴る良い男って言うけどさ、そんなに見ないでくれるかな。流石に照れるよ」


チトセはじっと僕を見ている。
僕のふざけたような言葉を聞いて安心したのか、息を吐いて笑った。
美しい花のように、笑ったチトセ。
気が付いたときには、僕はチトセを抱き締めていた。


「モア…?」


僕に抱き締められているチトセが僕を呼ぶ。
僕は何も言わずにただチトセを力強く抱き締めている。

(決めたんだ、僕が自分で。だから言うんだ)

チトセを抱き締めたままに、僕はチトセの耳元に口を近付けた。
囁くような声の音量で告げる。


「僕、ここを出ていくよ」


「!?」


チトセが僕の腕の中で暴れだした。
ぐいぐいと僕の胸を押して、僕と目を合わせる。


「なぜ?アルカを裏切るの!?」


首を横に大きく振って「違うよ」と諭すように言葉を出していく。


「アルカのために、君のために出ていくんだ。僕の独断だけどね」


そう言ってから小さく笑った後に口を開こうとしたチトセの口を塞ごうとした──唇で。
でも、出来なかった。
触れる寸前で止まると、チトセは言うのを止めて黙り込む。


「君は連れていかないよ。僕だけで行く。もしも、僕が裏切ったと君が判断したときはそう思っても良い。でも、僕はいつでも君の味方だからね」


僕は今、どんな顔をしているだろうか。
何にしろ、きっとみっともない顔をしてるだろう。
その顔を隠すように、額にキスを落としてからまた強く抱き締めた。
チトセの右手にある物を乗せて、握らせる。
チトセを離してから、僕はチトセのうなじを叩いた。
倒れ込んできたチトセを抱き上げて、僕のベッドの上に置く。


「窓、開けていくから。風邪引かないでね」


聞こえるはずもないチトセに布団をかけて、額にかかっている前髪を横に分けて額と唇に軽くキスをした。
頭を優しく撫でて、まだ全然乾いていないいつもの服を着てから窓の前に歩き出す。
一度振り返って、笑いかける。


「またね」


最後まで、彼女の名前を呼ばなかった。
口に出してしまったら、離れられない気がしたからだ。

(止まれないんだ、僕は)

窓の向こう、真っ青な空を見据えて。
窓から飛び降りた。




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