sail in the same bort

□alone
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僕の髪が風になびいてくすぐったい。
目を開けると自分の黒みがかかった紫色の髪が視界に見えた。
いつの間にここで寝ていたんだろう、と思いながら背伸びをする。
昨日のことを思い出してみよう。

ストラスがいて、制御不能になって、イリアを殺しかけて、やつのところ行って。
覚えているのはこれくらいだが、何だか忘れている気がしてならない。
と、自分が何かを掴んでいる気付く。
しっかりと自分の名前が書かれた日記帳。
またいつの間に、と思ってしまった。
ストラスが持ち帰ってきていたのだろう。
とりあえず日記を背負い袋に入れてから時計に目をやるが、太陽が昇って直後の時間であった。
またみんな起きてないだろうな、と思いながらも部屋を出ようとドアノブに手をかけようとしたその時。


「肉ぅぅぁぁぁあああああっ!!!!」


ドアノブ、いや世界全体が揺れた、ような気がした。
ぽかんと呆けていると、急にバタバタと騒がしくなる。
みんな起きてしまったのだろう。
僕はまず部屋を出てから下へ降りていく。
そこにはもうイリア以外のみんなが集まっていて、犯人はわかっていたが確信した。


「イリア、か」


呟くとみんなはうんうんと頷く。
それにしてもあの声は寝言だろうか。
そうだとしたらよほど肉に飢えているのだろう。


「どうしよっか。イリアの寝言のせいでみんな起きちゃったし。この際イリアも起こしちゃう?」


「じゃ、じゃあ僕が──」


「僕が起こしてくるよ」


アンジュの案にルカは乗ろうとするが、僕がルカの言葉を遮った。
アンジュは笑顔で「じゃあよろしくね」と言ってくれて、ルカは泣きそうになる。
僕はそれにクスクスと笑いながら「了解」とだけ残してイリアの眠っている部屋へと向かう。
ノックをしようと手の甲をドアに向けて手を軽く握るが、寝ているであろう相手にノックをしても意味ないかと思って手を下ろす。

(でも待て。イリアは一応レディなんだからノックした方が良いのかな?)

と思い直すが、まいっかと御構い無しにドアを開ける。


「イリアー、起こしに来たよー…と、やっぱり寝てるや」


ぐっすりすやすや気持ち良さそうに僕たちを起こしてしまったとは知りもせずに眠っていた。
僕は呆れたように相変わらずと言いたそうにため息をつく。
掛け布団をひっぺがしても起きる気配なんてない。
体を左右に揺するが、それでも起きてはくれない。
どんだけ熟睡してんだ、とため息をつきたくなる衝動を抑えて「仕方ないな」と呟く。
イリアが頭を置いている枕の横に両手をベッドが軋んだ音をたてて置く。
それから、耳元に口を近づけた。


「満たせ浄水、汚れし者を浄化したまえ。…スプレッド!!」


イリアの耳元で詠唱を唱えてようやくイリアの目が開いた。
だが、それはもう遅く、イリアは水を思いきりかぶる。





「ど、どうしたの…イリア?」


真っ先にそう訊いたのはアンジュだった。
イリアは全身から水を滴らせながら不機嫌そうに眉を曇らせているのに対し、僕は満面の笑みを浮かべているからだろう。


「モアのスプレッドモロにくらった」


「いやぁ、日頃の恨みを込めて」


「日頃の恨みって何よ!?」


あはは、と笑ってイリアの言葉は聞かないことにした。
ルカが控えめに笑いながら「そろそろスパーダたちとの約束の時間だよ」と言ってくれたのでようやく約束を思い出す。


「そういえばそうだね。忘れてた」


「忘れてたってあんたねぇ…」


呆れたように言った言葉に僕は口を尖らせる。
アンジュを先頭に宿を出ていくのを見て、びしょ濡れのイリアの背中を押して僕もついていく。




宿の表で待っていたのは他の三人だった。
僕たちのことを待っていたのだろう、僕たちをじっと見つめながらスパーダが口を開く。


「おせーぞ」


遅刻をしてしまったせいでご立腹らしいスパーダ。
そんなスパーダに僕は先頭に立っていたアンジュの前まで歩いていってから肩をすくめる。


「それがさぁ、聞いてよ。朝早くにイリアが肉ーっ!!て叫ぶような寝言言って僕ら起きたんだけど、本人は全く起きないんだ。ついさっきスプレッドやって起こしたところ」


僕の言葉に三人は一斉にイリアへ目を向けた。
それにスパーダはイリアを指差しながら笑う。


「でひゃひゃひゃひゃひゃ!!バッカじゃねぇの!?」


「指を差すなぁぁ!!そして笑うなぁぁ!!バカだって言うなぁぁぁ!!」


さっきまで不機嫌そうに黙り込んでいたイリアが急に怒鳴り出した。
僕はそんなイリアを自業自得じゃないかな、と表情は笑顔のまま心の中で言う。
一触即発してしまいそうなイリアの怒りを気にせずに頭をポンポンと撫でる。
イリアの頭はびしょ濡れのため、ぽんぽんというよりびしゃびしゃだったが。


「まぁまぁ、そう怒んなさんな。肉はいつかちゃんと食べさせてあげるから」


そう言ってから爽やか青少年のような笑顔を見せる。
すると、イリアは自分の寝言を思い出したのか羞恥心で顔を真っ赤にした。
それに爆発してしまったらしいイリアは右手を引いたかと思えば、僕の左頬に鋭い右ストレート。
この僕がかわす隙もないほどに素早いストレートに僕は完敗。
僕はそのまま地面へ倒れた。

嗚呼、幸せだ。
こんな痛いストレートすらも苦にならないくらいに。
今まで構ってもらえず、偽りの愛を向けられ、同等に扱ってももらえず。
そんな僕に真っ直ぐ向かってきてくれるみんなの隣にいるのが嬉しくてたまらない。
これを、みんなは幸せと呼ぶのだろう。
僕はあまりの嬉しさに笑みを溢して立ち上がる。

(みんなを、そんなみんなを守ってやりたい)

けれど。
みんなはもうそんなこと構っていられないようだけど、僕はアルカの人間だ。

(君たちを、傷付ける立場だ)

そんなことしたくないのに。
だけど、アルカに入ったことを後悔してなんかいない。
アルカのお陰でたくさん得たから。
僕にとってはどっちも大切だから、どっちも守りたい。

(僕に、できるかな)

やってやるさ。
そう気負い立ち、僕は拳を握る。


「いよっし、王都に向かうわよ!!」


僕も声だして拳をあげた。
僕も、一応みんなの仲間だから。
これくらい、許されるはずだ。




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