sail in the same bort
□black
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それどころじゃないままナーオスに足を踏み入れた。
今や頭の中は日記のことで一杯だ。
頭の中がごちゃごちゃしたまま顔を上げると、いつの間にかレインはリカルドとイチャイチャラブラブしていなくて、落ち着いたいつものレインでスパーダの隣にいた。
「…そういえば、アンジュってこの町の有名人だよね?歩いてて大丈夫?」
ルカの問いかけに「うーん、そうね…」と唸りながら人差し指を頬にあてるアンジュ。
アンジュはそれからパッと笑った。
「良くないかも」
「じゃあ、さっさとハルトマンのところでかくまってもらおうぜ」
「ハルトマンさんがいるのか?私は早く会いたいぞ」
懐かしそうに笑みを漏らしたレイン。
僕はどう反応したらいいのかわからなくて、曖昧にひきつったように笑う。
そして、スパーダを挟むようにルカとイリアが寄ってきていた。
「そうだね」
「行きましょ」
「お坊ちゃま!!」
「お坊ちゃま!!」
意味もわからず首をかしげていると、スパーダが恨めしそうに小さく「憶えてろよ」と呟いていた。
ルカとイリアは笑っているが、なんのことだかわからない三人以外はただきょとんとするばかり。
そのハルトマンという人の家に行ってみない限りわからないのだろう。
三人を先頭にしてついていくと、失礼ではあるが小さな家が見えた。
三人はその家に入っていくので三人以外は顔を見合わせてから中に入っていく。
「ハルトマン、居るか?」
スパーダの声に二階にいたらしい老人が焦らず落ち着いて階段から降りてきた。
突然来たというのに、慌てている様子もない。
すごい精神力だな、と尊敬の眼差しのその老人を見つめる。
「これはこれはお坊ちゃま。出迎えも出来ませんで申し訳ありません」
「お坊ちゃま…」
「お坊ちゃま…か」
「お坊ちゃま…ねぇ?」
「お坊ちゃまベル…」
みんなが声を揃えるように言うと、イリアがまた意地悪そうな笑みを浮かべながら後ろにいる僕らを見た。
「そう、この国では彼はお坊ちゃまなの。ぜひそう呼んであげてね」
「いらんことを言うなっ!!」
スパーダが顔を真っ赤にさせて言うもんだから僕らは吹き出す。
スパーダは照れ臭そうに頬を掻いていると、ハルトマンらしい老人が笑う。
「新しい顔ぶれですな。すぐお茶の準備をいたしますので席にお掛けくださいませ」
「席は足りるかな?」
「多いからな。とりあえず椅子を持ってこようか」
僕とスパーダでその辺にあった椅子を持ってきてテーブルを囲むように置く。
各自好きな席に座ってから、料理の準備を始めたハルトマンを待つことにした。
すると、アンジュがリカルドに目をやり「それで」とリカルドに話題をふる。
「わたしを誰の元に連れていこうとなさったのですか?」
「あ、それ僕も気になったんだ」
アンジュの質問にリカルドは「ふむ」と言ってから大して隠すそぶりも見せずに応答し出した。
良いのか仕事人、と思いながらも口出しせずに話をただ聞く。
「テノスのアルベールという貴族だ。知っているか?」
テノスのアルベール。
一度顔をチラリと見た程度でこちらの顔を覚えているとは思わないが、僕は彼を覚えていた。
彼にはよくわからないが、僕らと同じようなものを感じた記憶がある。
まさか、とアンジュに顔を向けるがアンジュは面識も名前も存じないようだ。
「テノスって北の国よね。そこの貴族に見初められたんじゃない?」
「まさか…。でも、なぜだろう?」
「アンジュさんが美しいからじゃなあい?」
僕がアンジュを褒めるが、そんなことではないと思っている。
僕真剣じゃないのにアンジュ以外みんな無視ですか、そうですか。
その空気に耐えかねた僕は盛んに謝り始める。
(いつから僕こんなキャラになっちゃったんだろう…?)
心の中で涙の海に溺れながら、謝るのを止めた。
リカルドが「いや」と僕の言葉を否定してから少し苦しそうに言う。
「転生者だかららしい」
みんながサッと静まる。
小さく俯くリカルドを見ながら、僕も釣られて俯いてしまう。
僕の隣にいるイリアが顔を上げた。
「そいつ、転生者を集めているわけ?」
イリアの言葉にルカは「マティウスと同じだ」と小さく呟く。
そんな言葉に僕は無意識に「マティウス様は…!!」と立ち上がっていた。
ハッと我に返った僕はみんなの視線が僕自身に集まっていることに気付き、唇を結んでから「ごめん」と呟くように言ってから椅子に座る。
「なぁ、そのマティウスって誰なんだ?」
「アルカ教団の幹部…かな?偉い地位にいるらしいよ。イリアの故郷がそいつに襲われたんだ」
「嘘だ!!マティウス様がそんな…っ、そんなこと…」
テーブルを両手で叩いて立ち上がる。
(マティウス様がそんなことをしただなんて、嘘だ…)
勝手に下がってしまう眉に僕はどうして良いのかわからなくなった。
しんと静まり返った部屋に僕一人ポツンと残されたような孤独感に襲われる。
「マティウス様はただ、この世界も…自分でさえも、よくわかっていないだけなんだよ」
マティウス様はいつも独りぼっちなんだ。
僕にも誰にも頼らずに、ただ独りで何もかもしようとする。
僕が、みんながいるのに。
僕らがマティウス様を支えてやらなきゃいけないんだ。
マティウス様の過去がなんだ。
僕らが脆ければ、マティウス様を支えきれない。
弱くちゃダメだ、強くならなきゃ。
僕はゴシゴシと顔を洗うように両手で顔を擦る。
それから何もなかったようにきょとんとしてみせた。
「あ、えっと…ごめん。話続けて?」
小さく笑みを見せると、イリアは微笑み返して話を始めた。
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